2009年9月15日 (火)

うまれました

さて、先週の土曜日、軽く破水をしました。
病院に行って、即入院になったものの、陣痛がつかず。
翌日13日、陣痛促進剤を打って、夕方無事女の子を出産しました。
心配していた上の子も、ま、そこそこ元気にやってるようです。

出産、二度目ということで、軽くナメていたらしく、なんかソーゼツでした。でも終わるとケロリとしてしまう。陣痛って不思議。

17日まで病院で過ごしてあとは一か月検診まで実家で過ごします。
なかなか会いにこれないかずちんが寂しそうです。

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2008年5月 2日 (金)

おか~さん

2008020420_065 はい、丘③をもじってみました。

この丘は、某タバコのパッケージに使われた写真の丘の近くの公園。

ケンメリや、某タバコの丘は矢印がたくさんでてるけど、私は某タバコのパッケージの写真もよくわからず、行って見たけどさらによくわからなくて車でうろうろしてここで一休みしたときに撮った。まだ何も咲いてません。撮ったの4/19だからしょうがないか。

こちら、もうすでにけっこう観光客が来ています。今日はとかち岳がとてもきれいに見える日だったので、今日来れた人はラッキーだな。

さて、みーたん口数は多いけど、まだべらべら日本語をしゃべるという感じじゃありません。ほぼ宇宙語。

今のところ定着しているのは「あっ、バイバイ」と「おちゃ」と「おっとっと」くらい。

あとは英語で「clap!!」と、アルファベットを見ると「エービー」

どういうわけか、今までに消え去っていった言葉たちもあったりしてなかなか奥深い。私が育児日記をまるでつけないので、いつ発していつごろ消えたかもよくわからないあたりもミステリアス。

去年の11月とか12月ころ、みーたんは私とかずちんのこと両方を「おた~さん」というような発音で呼ぶことがありました。しかし、何があったかもう言わない。かずちんにいたっては聞いたこともない。

いつ「おかあさ~ん」と呼んでくれるのかしら。楽しみ。

な~んて思ってたら、突然昨日から「カカ」と言い始めました。何かが出来ると「カカ!」と言って拍手を求める。何かが出来ないと「カカ!」と言って泣き顔をしてやってもらおうとする。

これは果たしていつまで続くのか。

定着するのか。消えるのか。

言葉が遅いことがな~んとなく気になる母としてはスリル満点です。

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2006年10月 5日 (木)

変な汗かいた。

今日で息子は4ヶ月と4日。

初めての予防接種を受けに行って来ました。BCG。四ヶ月検診も同時に行われた。

受付の30分前に行くと早く帰れるといううわさを聞き、行こうと思ったけど自分の身支度とみーたんの身支度で思いのほか時間がかかり、受付の20分前に着いたらママ友二人が来ていて私たちは3番目。四番目の人がだんなさんも連れてきて羨ましかった。

そしてまず体温をはかって、待機。さすが三番目。すぐに体重測定と身長・頭囲の測定に入れた。体重6800g身長65.5センチでした。

それから離乳食の説明を聞きながら小児科の先生の診察といよいよBCG。

一人、前回受けられなかったというひとが来ていて、その人を入れても四番目。うむ。早く帰れそうだ。

待機の時間は周りの人やママ友と談笑。赤ちゃんが20人以上いるのは圧巻。

どきどきしながら待っていると私たちの前の赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。

ああ、怖い。

みーたんは今まであまりギャンギャン泣いたこともないし、痛い思いもほとんどさせたことがない。だから私はどんな風に泣くのかがわからなくて本当に怖かった。

測定も診察もどれも超ごきげん。ニコニコしているみーたんがこれから泣くほど痛い思いをするんだ。

どきどきしながら待っているといよいよみーたんの番。

抑え方の説明を受けるが、てーらーは腕が長いほうなのでなかなか固定されない。なんどか試してどうにかみーたんが動かないように固定できた。このへんでみーたんはもうすでに「フンフン」と鼻をならしている。

そして、とても大柄な保健婦さんがみーたんの腕にギュギュとBCGの針を押し付けた。腕が体に食い込むくらいのすごい力。

みーたんはここらへんから大声を出して泣き始めた。

そしてさらにその傷口に何か薬品を摺りこまれた瞬間、みーたんは今まで聞いたこともないような大きな声で叫んだ。そんなことお構いなしに保健婦さんは私に今後のことを話している。

待合室のみんなにも聞こえていたのでママ友たちから「いやあ、泣いてたね。」と声をかけられた。みーたんはそのまましばらく私の腕の中でヒイヒイ泣いていた。

予防接種は受けさせるまでとても怖くて私の方が逃げ出したかった。

でも痛かっただろうけどしばらく泣いたらケロっとして笑っているみーたんをみて、その後保健指導を受けて帰るころ、私は「いいものみたなあ」という爽快感でいっぱいだった。

あんなに真っ赤な顔をしてすがってくるみーたん。

なんてかわいいんだ。

それからもうすでにBCGを受け終わっているママ友に「すごい泣いた」という旨メールすると、他のママ友と遊んでるからおいでというのでチャイルドシートで寝ているみーたんを抱いてママ友宅へ。今まで一度もあそんだことのない人も一人来ていて楽しかった。

だけど、私のかいた変な汗はひかずに、帰ってきてからもちょっと心臓がバクバクしていた。

ああ、あのときのみーたんを、かずちんにも見せてあげたかったなあ。

さて、明日の深夜から札幌へ帰ることになりました。

かずちんの妹が三日に赤ちゃんを出産したのでお見舞いに行くのと、かずちんの同僚の結婚式が札幌で行われるのです。

なのでしばらく更新できないな。(それ以前からあまりマメに更新してたわけじゃないけど。)

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2006年9月23日 (土)

アルゴリズムたいそう こうしん

NHK教育でやっている、ピタゴラスイッチを毎日見ています。

最近まで、私は「とくダネ!」よりも「スパモニ」派だった。しかしちょっと前から放送時間が早くなり、それのせいなのか朝起きてかずちんが仕事に行って、洗濯機を回してからテレビをみようとすると、あまり興味のないニュースがかかっていることが多い。

それでNHK教育をかけることが多くなった。最初はにほんごであそぼがぐっと来た。で、毎日8時からNHK教育を見るようになった。しかしある日、いつもここからが「アルゴリズム こうしーん」とこうしんをしているのをみてから、私は「ピタゴラスイッチ」が見逃せなくなってしまった。

ものすごく計算された行進だ。いつも目が釘付けになってしまう。みーたんが寝ているのにもかかわらず見てしまう。

一人だと、ただ単に少し動作をつけながら行進しているだけなのに、二人以上になるとものすごく複雑なすごいことをやっているように見えるのだ。

それからは録画までして見ている。

15分版のピタゴラスイッチは、まずピタゴラ装置で始まり、「きょうのトピックス」でピタとゴラがいろいろと不思議なことを百科おじさんに解決してもらう。それから、10本アニメだとか、フレイミーだとか「お父さんスイッチ(おじいちゃんも可)」とかそういうコーナーがあり、必ずアルゴリズムたいそうか、アルゴリズムこうしんがあって終わる。

どれもこれも味のあるコーナーばかりだ。

対象が4歳児から6歳児なのでみーたんにはまだ早いが、私が好きで毎日見てしまう。

15分バージョンは水曜日と木曜日にしかないんだけど、ピタゴラスイッチミニは日に二度ある。見逃せない。アルゴリズムはたいそうの週とこうしんの週があるが、どれも一緒にやる人たちが違って楽しい。忍者とこうしんしたり、バスガイドさんとたいそうしたり。

ちなみに、私は「アルゴリズムたいそう こうしん」 「おとうさんスイッチ(おじいちゃんも可)」「10本アニメ」が特に好きだが、みーたんは「ぽてじん」というマイナーなコーナーが好きです。

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2006年9月12日 (火)

百日にまつわるエトセトラ

うちの子、9月9日に百日を迎えました。9月9日私の実家の両親がこっちに来て一緒にお宮参りに行って、夜かずちんが合流し、ともにお食い初めのお食事をホテルで行い、父はその日に帰り、母は11日の写真撮影を見学して帰っていった。

みーたんは、お宮参りも外食もスタジオでの写真撮影も終始ごきげん。良かった良かった。

土曜日、両親にみーたんを預けて、私、三年ぶりにショートカットに。写真撮影で一応記念に家族写真を撮ろうと思っていたので。

イライラすると、その矛先がかずちんに向かいがちなので、少しでもストレスを減らそうと思ったこともある。髪が、肩甲骨のしたの方まで伸びてオウムっぽかったのがずっと嫌だった。そしてシャンプーのたびにホルモンバランスが崩れているせいでゾロっと髪が抜けるのも嫌だった。風呂上り、みーたんを寝かしつけてからようやく私の愉快な一人の時間を楽しむのに、髪を乾かすのに20分。これも嫌だった。

で、初めてこっちで髪を切るのにサロンを探した。

今までは札幌できっていたんだけど、もう、そうそう札幌に長居することもできないかもしれないし、実家が札幌市内でも田舎だからサロンに行くのにも時間がかかる。

二軒見繕って電話した。一軒は予約でいっぱいで無理。もう一軒でOK出たので行ってみた。

美容師さんはサロンを一人できりもりしていて、子供をふたり育てる素敵な人。なので、私の髪が薄くなってる部分をカバーして何ヶ月かこれなくても大丈夫な髪型を一生懸命説明したりカタログで紹介してくれた。とてもよい人だ。

髪をずっと明るい色に染めてない上に、二月にカラーリングした部分が落ちてきて茶色になっている部分をほとんど切ったので真っ黒。サロンから帰ってきた時はきまっていた髪も、自分で洗ってセットしてみると、杉田かおるみたい。ムム。

だけどすっごい気分転換になったし、楽しい時間をすごせた。

それでその髪型でスタジオでの写真撮影に挑んだんだけど、そこは、いっぱい着せてその中から写真を選んでどの写真を使うか決め、アルバムや台紙に張って注文。それに使った写真に関してはCDに落として更に5250円払うと売ってくれるシステム。

ナポレオン、化粧回し、桃太郎、和装で撮った。衣装選びの時は、似合わないのは買わなくてもいいやって思った。

だけど、親バカなもんで、着せられると全部かわいい。

そして、写真を撮るのがすごく上手。三人がかりでものすごく上手にあやしてみーたんの笑顔を引き出し、すっごくかわいい写真を撮るのだ。親は何もしなくて良かった。ほんとに。家にいたら私の姿が見えないと泣いたりするのにさ。

結果、どの衣装も削れず、散財。

両家の親、祖母などに送る分に加え、自宅用に一冊16カットのデザインアルバムまで買ってしまう始末(≡д≡) アウアウ

カード切ったから引き落としの時が怖いわ。

ちなみに写りがいいのはみーたんだけで、私は杉田かおる風。かずちんに至っては忙しく髪をカットしに行くことが出来なかったので髪の毛伸び放題。後ろ毛の感じなどからいって、バンダナを巻いていない浜田省吾風です。

しかし私はもともと記念日のイベントとか大好きだからものすごく楽しい週末だった。

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2006年8月17日 (木)

「あとでこまることをなんで今こまるわけ?」 (アライグマくん)

もともとの性格がくよくよしやすいというのもあるけど、私はとにかく新しいことに打ち込む時や真剣に物事に取り組む時に夜も眠れないくらいに悩んだりする悪い癖がある。

今育児をしているけれど、楽しい反面なにぶん初めての育児なのでちょっとしたことでも不安になるし心配になる。もちろん他のことも心配なことだらけ。

だけど、きっと三ヵ月後くらいにはもう不安になってないだろう。

なので今心配なことを書き留めておこうと思う。

①みーたんの体重の増加がゆっくりなこと。一ヶ月検診では日に60グラム近く増えていたみーたんだけど、今は20から30グラム程度。母乳だとゆっくりだとも言われるけどまわりでは母乳でもうんと増えている人がいるようだ。身長がとても伸びているので余計体が小さく見えるのが心配。

②ゴム乳首が嫌いなところ。退院してから今まで白湯やお茶を哺乳瓶で飲み干したためしがない。20ccくらいしか入ってないのに、ほんの少ししか飲まずに口から出してしまう。ゴム乳首をくわえた時点でもう「オエ」と嫌な顔をする。

③スプーンが嫌いなところ。こないだ子育て教室でおも湯の作り方や野菜スープの作り方、飲ませ方を習ったけど、スプーンもゴム乳首と同様「オエー」と受け付けない。果汁は多少あまいせいか少しはのむけれど、スプーンを口に入れることを極端にいやがる。

④100日のお参り・お食い初めをどうするか。家でやってもいいんだけど、お膳を用意するのもどうよ。と思うし。こっちのホテルでプランであるとは聞いたんだけどメールで問い合わせてもいまだに返事がない。また、神社とかもこっちで行った事がないので不安。実家の近くの神社は何度も行っているし、宮司さんの奥さんが友達だから安心なので実家に帰ってできたらいいともおもうけど、もうなるべくかずちん不在でそういった行事を実家でやるのはどうかと思ってしまう。

⑤夏、痩せられてないこと。妊娠によって結局12キロも太ってしまい、それはなんとか戻ったものの、妊娠前に3キロ太ったのが戻せない。暑いから痩せられるかなと思ったのに。授乳してたらやせると本にも書いてあるのに、さっぱり落ちなくなってしまった。どうにか戻さないと、多分妊娠前の冬物、きついと思う。子供服は意外と高い。自分の冬服を買うよりもみーたんにあてたい。冬服だって気に入ってるから取っておいてあるのだから今年の冬はちゃんと着こなしたい。去年は妊娠中ということもあって着れなかったからなおさら。もちろん何アイテムか買ったりはするだろうが、大きいのをお金出して買って安心するのもどうよ。がんばらねば。

⑥自動車の任意保険のこと。うちには二台車があるが、はてさてどのように入ったら得なんだろう。今入ってるのが10月上旬で切れるので来月中にはどうにかしないと。かずちんが今回の免許の書き換えでゴールドじゃなくなるようなので、そのへんもふまえて少しでも安いものにしたい。

⑦年末年始にかずちんの実家に帰るつもりだけど、赤子をかかえて飛行機に乗ることが不安。混んでるだろうし。むこうでレンタカーを借りようと思うけど、今まで借りたことないから不安。チャイルドシートも借りないと。フェリーがいいのかもしれないけど、我が家は北海道の内陸部なのでフェリー乗り場に行くまで夏場でも5時間くらいはかかる。冬だともっとだ。船にあまり乗ったことがないので酔いそうだし。検討せねば。

うむ。こうして書き出すと、いかにちっぽけな悩みしかないかがよくわかる。いいことだ。

明日が幸せならそれでいいや

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2006年7月24日 (月)

入院生活のまとめ

退院してきてからだいぶたち、私ももう実家から我が家へ戻ってきたけれど、今でもかずちんや実家の母と、あの日々を反芻してすごしてます。今思うとあっという間だったけれど、あのときは本当に静かで長い時間だった。あのような時間のすごし方はそうそうできないと思う。陣痛から出産、そしてみーたんと同室になるまではおよそ24時間くらいだったけれど、あの時は3日間くらいに感じました。 退院して早く思いのままに育児をしてみたいとなんとなく思っていたけれど、退院してすぐ、「病院に戻りたい」と思ったこともありました。とにかく不安がすぐに解消されたからです。(その後、我が家へ戻ってからも同じ感情に何度もさいなまれています。「実家に戻りたい」)

入院生活について思い出すと必ず思い出すのがYさんという助産士さんのこと。本当にいい助産士さんだった。あの人がいなかったら私はあんなにがんばれなかったと思う。Yさんは実家が我が家のある市なので、いつか帰省してきたときに巡りあえたらと思う。ほんと素晴らしい人だった。手を腰の高さくらいで振りながら「てーらーさーん!」と日に何度も様子を見にきてくれて本当に心強かった。

そして料理も産院の清潔さも本当によかった。だからといって、決して高いわけじゃないと思う。ネットなどで産院の情報などを見ていると「出産するのにリゾート感覚」「母親だけの贅沢なんて無駄」みたいなことを言っている人がいる。時には「子供のことを考えれば大学病院だとかもしものことを考えて入院するべき。だからどうのこうの」といやなことを言ってる人もいる。だけど、私はやっぱりこのような産院で産めてよかった。産んだ後ますます大変で不安な生活が始まるのに、他の要素で心が荒むということがなかったから。そして立会いというのも本当にいい思い出になった。

しかし、里帰り出産というのは本当に不経済だし、かずちんにもとても寂しい思いをさせてしまったと思う。そして実家から戻ったあとも、まず私はみーたんとかずちんとの生活に順応できず、泣いてばかりいたので、三人での生活を楽しみにしていたかずちんを困らせたり悲しませたりしたと思う。次ももし里帰りするとしたら、みーたんも私と一緒に行くと思うしかずちんはとても寂しがるだろう。 しかし、もしかなうならばまたあの産院で産みたいと思っている私がいることも事実だ。

とにかく痛みもすっかり忘れてしまった私にとっては、まるで「中学時代」「高校時代」などと同じように素敵な思い出になった。 今はまだ考えられないけど、二人目も絶対ほしいな。

以上で入院生活については終わります。

妊娠してから腹の事とか腹の子の事とか入院生活の事ばかりになったけれど、このブログを完全に育児ブログにするつもりはなく、これからもドラマのこととか漫画のこととか好き勝手なことを書こうと思う。 子供が生まれたら子供の事しか考えられなくなるかと思っていたけれど、意外とそうでもないとわかってうれしい今日この頃。いや、もちろんみーたんが中心に我が家は回ってるんですけどね。 そればっかりじゃあねえ。 家でリビングと寝室はもちろん赤ちゃん仕様になってるんだけど、おかげで客間が相変わらずごちゃごちゃ誤飲しそうなものばっかり飾られてしまいました。だってこまごましたもの好きなんだもん。捨てられないんだもん。雑貨を捨てないためにゴミ袋三袋も服捨てました。収納場所の捻出のため。体重は戻ったけど、もう年考えないと、着ない馬鹿みたいな服もたくさんあったしねえ。 

以上。

なんだか入院生活のまとめといいつつ全然まとめられなかったなあ。

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2006年7月22日 (土)

入院生活

入院生活七日目:この日は午後から友人がやってくる約束だったけど、なんと退院指導も午後。友人と約束の時間と重なる形で行われると聞かされ慌てて友人にメール。友人に少し早めに来てもらうことになった。なのに、その早めに来てもらう時間になんと小児科医による検診があるというので焦った。まあ、結果としてはぶつからなかったんだけどさ。その小児科の先生が言うことには「反る癖がある」「両手をあげるのはあまりよくないので気づいたらおろすように」「左右の足の動き方が非対称なので同じ動きをさせてみるように」ということ。それからあまり寝ない話をしたら、バスタオルやおくるみで手足を固定して動かないようにする包み方を教えてくれた。しかし、うちのみーたんはあまり好みじゃないのか泣き叫んでいた。終わって慌てて部屋に戻ると友人二人が病室の前で待っていてくれた。そのうち一人はもうすぐ三歳になる子がいる。私はその子が大好きだ。つれてきてくれてうれしかった。とてもやさしい子で、うちのみーたんを覗き込み、羊水焼けで皮膚がむけているみーたんの腕をそうっとなでてくれた。「いたいのかな」と思ったのかな?二人は同じ市内に住んでいるが割りと遠方なので私の実家まで行けるかわからないから・・・と、お祝いも持ってきてくれた。早速見せてもらうととてもかわいいお洋服と写真のアルバム。かわいい。ありがたい。お洋服は80センチと70センチだったので、80センチのは来年着てと言われた。さて、来年みーたんはこのお洋服をどのように着こなすんだろう。このときはまだ50センチだったのでぜんぜん想像がつかなかった。昨日まで来てくれた友人たちがみーたんを抱いた写真をデジカメで撮っていたので、二人にも撮らせてもらう。そして友人たちの写真も見せた。しかし、そのデジカメのデータには私の妊婦時代の下着姿の写真がたっぷり入っており、「何やってんの(笑)」といわれた。自分で撮ったものであるが、予定日が11日も超過したので、果たしていつが妊婦としてのラストショットになるかわからず毎日寝る前に撮ってたんだよね。しかもおなかが大きいと、別にブラジャーとパンツの写真もなんだか恥ずかしくないんだ。不思議なことに。だから全部見られてもなんともなかった。「てーらー、いいわ。これ。セクシー」とありがたい言葉も頂戴した。 友人が帰ってから退院指導を受ける。沐浴指導もあった。うちのみーたんは母乳の飲みがよく、乳首が血豆のようになるほどで、おっぱいもぐんぐん作ろうとするのか胸が張って張ってしょうがない。乳首は痛いけど、みーたんが吸ってくれないと張りでカンカンになり痛くてしょうがない。しかし、こうして授乳室に行くと、お母さんの張りと赤ちゃんの飲むタイミングなどがあわないのか乳首から血を出しながら搾乳している人がいたり、赤ちゃんが飲まないので体重がずいぶん減ってしまい、ミルクを足しているという人がいたりでとても大変そうだ。私もいつまでこの調子でみーたんが飲んでくれるかわからないので覚悟しておかなければと思った。退院指導では夫婦生活のことだとか、退院してからの生活とか母乳育児における母側の食生活だとかそういうことを習った。入院指導の時の話もしていた。っていうか入院指導なんて受けてないんだけど。そうか、私は貧血で産んだ次の日半日寝込んでいたのでその時に行われたのね。どうりで食堂でみんなわきあいあいなわけだ。と妙に納得。沐浴指導では「誰かお風呂入れたい方いらっしゃいますか」というので立候補。みーたんは沐浴のあととてもよく寝てくれるので少し寝てもらおうと思って。ちょっと暴れたけど気持ちよさそうだった。その後授乳して病室に戻って翌日の退院の準備をした。昨日もって帰ってもらったばかりなのに、どうしてこんなに荷物があるんだろう。前日まで夜はほとんど寝てくれていないので不安だったが、この日は良く寝てくれたので荷物をまとめるのが楽だった。

入院生活八日目:ここのおいしい食事ともお別れ。私は朝パン食と決めているのでこの日もパン食。だって、トマトとチーズのサラダがおいしいんだもん。もう最後なんだなと思うと感慨深かった。ゆっくりと味わって食べる。すると、席が全部埋まってしまっていたのか、腰にベルトを巻いた小柄な人が同席してもいいですかと言ってきたので快諾。いつもは少しでもみーたんの沐浴中に眠りたいのでかきこんで食べるのだが、今日は最後なのでその人に合わせてゆっくり食べた。その人は二人目を出産したとのことで、とても小柄なのにお子さんは3900あったそうだ。二人目出産なんてすごい!あの痛みを味わったあとの私はまだぜんぜんそんな気持ちになれないという話をしたら、「なぜか二人目産む瞬間まで痛かったこと忘れるんだよ。陣痛来てからああ、そうだった。こういう痛みだった。って思うの。」とのこと。私も早くそうなりたいと思った。とても良い人だったのに、退院の日の朝に話をするとは残念。もっと前からお話できたらよかったのに。 昼ごはんを食べてから退院ということだったので、昼は部屋に持ってきてもらった。その前に入院費用を払ったり私の診察があったりいろいろ忙しいからね。 昼ごはんを食べてるころに両親が迎えに来た。入院費用を払い、そしてお世話になった助産士さんに手紙を書いて退院。なんだかあっという間だったなあ。 退院のみーたんの服はうちの母が作ったもの。フリルがたくさんついていて初めての肌触りにみーたんはずっと眉間にしわを寄せていた。でもいいのだ。これを着せるためにうちの母はずっとがんばっていたんだから多少みーたんも我慢しておくれ。 帰りに新生児用の紙おむつを買いに行った。「新生児用のはどこですか?」と店員さんに尋ねると、場所を親切に案内してくれた。そして 「いつお生まれになるんですか」と耳を疑うような質問をされた。 しかしそれもそのはず。産んだら風船がしぼむようにへこむと思っていた腹はぜんぜんへこまないのだ。けっこう時間がかかる。確かに退院の日の私の腹はだいたい七ヶ月くらいはありそうなおなかだった。「もう産んだんです。」と言ったらその店員さんはバツの悪そうな顔をしていた。

入院生活レポートはこれで終了。明日は時間があったら入院生活のまとめを書きたいと思う。

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2006年7月20日 (木)

入院生活

さて実家から家に戻ってきて二週間。ようやく家もかたづき、育児にもだいぶなれたので、みーたんの寝てる隙をついて続きをしたためておこうと思う。

入院生活五日目:前日まではかずちんがいてくれたけど、今日からは完全に一人なので母に早く来てもらう。日中はとても涼しい。前日の晩にみーたんは熱が高いということで夕食のあと少し長くナースステーションに預かってもらっていた。母乳のあとに白湯を足すことになり、母乳を飲ませたあと授乳室に通って哺乳瓶で20~30ccのぬるま湯を飲ませる。ごくごくと飲むところをみると、とてものどが渇いているようだ。 午後1時すぎに友人が来るというので、とりあえず、プリンなどは持ってこないようにお願いする。昨日からいろいろな人から差し入れをうけ、冷蔵庫が飽和状態。まだ母乳の出が落ち着いていないし、乳房がパンパンに張り始めているので、ちょっとお菓子はやめてみようかなと。 この日、鈴香容疑者が任意で事情聴取を受けた。実はこの前の週の週刊文春と週刊新潮を買ったところ、あたかも綾香ちゃんの実母が犯人であるかのような文章が書かれていた。私は、これでもし犯人じゃなかったら、こんな風に顔写真まで載せてどうするんだろうと思っていた。母は最初からこの女性が犯人だと決めてかかっていたのでその文章をうなずきながら読んでいた。なので、テレビで事情聴取のことがやっていたのを見てすぐ母に電話。みーたんに何かあったのかと思ったらしく、「そんなことで電話してきたの?」とつれない返事。その後母が来て、すぐに昼食へ行く。おいしい。それからしばらくすると、友人夫婦がやってきたので母は帰っていった。今日はみーたんが寝てばかりいるので退屈そうだった。友人夫婦は「なにがいいかわからなくて」とミネラルウォーターをたくさん持ってきてくれた。ありがたい。私は昔からどうも実家でしか水道水が飲めない。授乳しているととかくのどが渇いてしょうがないのでペットボトルのお茶や水が必需品だったのでとてもありがたかった。昨日別の友達が持ってきてくれた源吉兆庵のお菓子をお茶うけに振舞う。だんなさんがとても子供が好きな人でソファに座ってと促してもぜんぜんみーたんのそばを離れなかった。みーたんはとても手足をばたばた動かす子なので、それをみてはニコニコしていた。みーたんを抱っこしてもらう。自分で抱くと重さも感じるし、まだ抱っこに慣れてないこともあるからかあまり新生児の小ささは感じないけど、人に抱っこされてるのをみるととても小さいなあと思う。 友人夫婦は翌々日から沖縄に行くそうで、その話などをいろいろと聞かせてもらった。帰ってきたらまたおみやげ話を聞きたいなと思った。 二時間ほどいて帰っていった。友人だけなら授乳などもできるけど、だんなさんもいるので授乳することになったら気まずいかなと思っていたけどみーたんはとてもおとなしくいい子にすごし、授乳しないですんで安心した。 しかし、夕飯を食べた後からぐずぐずぐずぐず言い出して、さらに白湯を足しているせいか、おむつを替えてる最中におしっこをして私はとてもびっくりした。その後「ああ、育児雑誌に載っているのはこのことか」と納得。男の子だとよくかけられるとのっていたもんな~。しかし私の布団はべっちゃべちゃだよ・・・まあ、べちゃべちゃの布団に寝るまでもなく、みーたんはぐずついているので朝方まで抱いて廊下をうろうろしたりとにかく私は立ちっぱなし。寝られる時はソファでちょっと座ったまま寝たりする程度。体はくたくたになるし大変な夜が始まりました。

入院六日目:朝食のときにみーたんを預けると、沐浴をさせてから返してくれるので二時間から三時間預かってもらえる。ありがたい。前日ほとんどまともに寝ていないので朝食をかきこんで急いで部屋へ戻り、みーたん用のバスタオルを何枚か体にかけて寝る。そして10時半ころ、この七月に出産を控えた友人がお見舞いに来てくれた。この友達は新居もこのへんなので歩いてきてくれた。この子のおなかの子は女の子。生まれたら会いに行きたいな。私にとって出産は思い描いていたのよりも遥かに大変なことだったので、この友達にあまり多くは語らなかった。不安がらせてもね。生んでから「たいへんだったよね」とお互いの出産談義に花をさかせたい。 八ヶ月に入ったところのようだけど、けっこう重たそうなおなかをしていた。いくら近くに住んでいるとはいえ、歩けば30分はかかる。大変だったろう。それからその子が帰って、昼食を食べに行く。みーたんは昨日のぐずりが嘘のように寝てばかり。昼夜逆転している。昼食を食べ終わってみーたんを返してもらってトイレに行こうと外に出ると、前にこの産院で出産していろいろ教えてくれた友人がやってきた。彼女は仕事場が割りとこの産院の近くなので前から暇をみて来ると言ってくれていたのだ。おみやげにおしりふきと麦茶をくれた。またまたありがたい。本当に飲み物はなかなか自分で買いにいけなかったりするのでうれしかった。彼女はもうお産を済ませているのでのびのびと私の陣痛や出産にまつわる話をすることができた。うちのみーたんは3126グラムの大きさで、それでも出てくるのにとても難儀した。彼女の子供はとても大きかったのでもっと大変だっただろう。お母さんとしては一年とちょっと先輩。これからいろいろと相談にのってもらうことも多いだろう。仕事の合間を縫って忙しかったろうに来てくれてありがたかった。 普通に生活していると、自分の子供でもない限り、なかなか新生児を見る機会って少ないので、ほとんどの友達が遠巻きに見て、「抱いてみる?」と促すとおそるおそる抱いて「こわいこわい」と返してくるのに、この子は「ねー。抱いてもいい?」とひょいっとみーたんを抱き上げた。さすが一児の母!ぐにゃぐにゃで壊れそうに見えてもも意外と壊れないということを知っているんだ。その友人が帰ってから一時間後、今度はその友人と共通の友人がやってきた。 その子もなかなか忙しい仕事をしているので、せっかくの休みにこうしてきてくれるのはありがたい限り。焼き菓子を持ってきてくれた。この子は、私の好物をいつの間にかちゃんと把握していて、前に、家に遊びに行ったら、「てーらーの好きなカレー作っといたよ」と私の大好物のカレーを作ってくれていたこともあった。私は、どちらかというと甘党ではないのだが、クッキーやロシアンケーキのような硬い焼き菓子がとても好きだ。早速いただいてみると今回持ってきてくれたのもほんのり甘く、硬くってとてもおいしかった。子供好きな人なのでみーたんのことをじっと見つめていた。 この日はすべてのお見舞いが済んでから父と母がやってきた。翌々日退院なので、とりあえず荷物第一弾を持ち帰ってもらう。premoのチェックリストで見て、あったら便利と書いてあったものをすべて用意して持ってきたので、「てぶらで入院」が売りの産院なのに私はとてもたくさんの荷物があったのだ。残念ながらいきみのがしをするのに便利なゴルフボールもテニスボールも使わなかった。ちなみに一番重宝したのはペットボトル用のストローだった。父が来るのは出産後二度目。正直、あまり子育てには熱心そうではなかった父だが、孫はかわいいのか割とうれしそう。父の性格上、こういう駐車場の少ない産院だと文句たらたらになりかねないのに、みーたんのためなら大丈夫なのか、気長に空くのを待ってから止めていそいそと病室にやってくる。 この日はお祝いディナーの日だったので母を残して父は帰っていった。事前に私は魚、母は肉を選んでいた。超豪華なディナー。本当ならかずちんに食べさせてやりたいところだが、かずちんはもう休みをとってくることはできない。そして、よく出産立ち会えたなと思うくらい、自分の都合を職場で強く言うことができない人なので正直こういうメモリアル行事はあてにならない。母と乾杯した。とてもおいしかった。食後、母は帰っていった。この晩もみーたんはぐずぐずでほとんど眠れなかった。大好きなあいのりを見てからゆっくりとぐずっているのに付き合う。みーたんは腹のなかから出てきたばかりで順応できないんだなあ。

つづく

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2006年6月22日 (木)

入院生活について

一日目と二日目は、前回の投稿で書いたとおり。三日目以降を綴っていきます。

三日目(6/2)、私はカテーテルを三時ころまで入れていたので全然動けませんでした。かずちんが10時ころやってきた。そして私がなんとか座って出生届を書き、かずちんはそれを携えて出かけた。それから私の両親登場。前からリクエストしていた、リアドロの犬の置物を買ってきてくれた。しかし、なぜ、病室においていく・・・。そしてちょうどよく、私のもとに、ミーたん(赤ちゃん)がつれてこられ、うちの父と母が初めてのだっこ。それから私は初めての授乳。これが痛いのなんの。赤子の歯茎の力をなめてました。ほんと痛い!乳首がとれるかと思った。それからかずちんは私のご褒美に嵐のCDを探しに行き、なかなか帰ってこなかった。初回限定版がすっかり売り切れてしまっていたのだ。(私は今回の出産を嵐の「きっと大丈夫」を歌って乗り越えたといっても過言ではない。特に予定日を過ぎていたので、相葉ちゃんのソロ「回り道もたまには悪くない」には励まされた。)それからかずちんが帰ってきたのが1時過ぎ。なんとか昼食も食べれたし、カテーテルもはずしてもらえた。それから個室があいたというので3時ころ個室に移る。やった!かずちんも泊まれる!個室に移ってすぐ、ミーたんと同室。しかし、初めてなもので泣いても何をしてよいかわからず、とりあえずあやしてみたりした。おっぱいをあげてみるものの、痛くて痛くて出ているかもわからずしょげかえる。 5時40分ころ、私は夕飯を食べに行く。とてもおいしい!やっぱりねえ、産婦は病人じゃないんだなあ。おいしい食事がとてもうれしかった。それから部屋に戻る。この病院はなんだか病室の照明が少なくて薄暗い。そして暑い!赤ちゃんの快適な温度にするためか、ほんと普通にしているだけで汗が出てくる。この夜が本当に長かった。かずちんと二人でミーたんの泣き叫ぶ様子に右往左往。おっぱいをあげても泣き止まない。オムツを替えても泣き止まない。抱っこしても泣き止まない。ようやくまとめて寝たのは明け方だった。ミーたんもお母さんの腹から出て環境に適応できてなかったんだろうね。わかってあげられなくて情けない思いの一日でした。また、夕方やってきた助産師さんからミーたんに心雑音があると聞かされ、しょっぱなから不安な感じ。

四日目(6/3)上で述べたように、かずちんと私はほとんど寝ずに朝を迎えた。そして朝ごはんのときにミーたんをナースステーションに預ける。そのときに母乳の回数やオムツ替えの回数を書く紙を提出するので、昨日の心雑音のこと、書いてみた。私はごはんを食べ、かずちんは今日帰るので少し眠ってもらった。沐浴をしてから返してもらうシステムで、10時半ころまで預かってもらえたのが本当に助かった。紙をみたのか、昨日の助産師さんがやってきて心雑音について説明してくれた。新生児はよくあることらしく、一ヶ月健診くらいまでには消える場合が多いとの事。少し安心。母がやってきて、抱っこして楽しむ。私はミーたんのお母さんなので、泣くと「どうしたんだ。原因はなんだ」と一生懸命なのに対し、親世代は何人も育てた経験からくる余裕なのか、ミーたんがギャンギャン泣いてても「泣き顔もかわいいよ~」なんて泣いてるのをただ見ている。私にはまだそんな余裕はない。そうこうしているうちにまたミーたんを預けて昼ごはんの時間に。おいしいよ~。かずちんはうちの母とサンドイッチ。申し訳ない。ミーたんを返してもらって、またホラーな泣き方をするので散歩に出ようと母と病室を出ると、来月結婚式をあげるかずちんの妹とそのだんなさんが、すばらしいカーネーションの大きな花束を持ってやってくるのと出くわした。かずちんの妹も、9月に出産予定。私のそのころとは比べ物にならないくらい、スレンダーな体型を維持している。同じ産院なので、先生の話などで盛り上がる。若い二人からいいのか?というくらいのお祝いもいただき、楽しい時間もすごせた。それから二人とうちの母は帰り、かずちんの去年の同僚が来るというので待機。その同僚も5ヶ月の赤ちゃんがいるので会えるのが楽しみだった。偶然なことに、その同僚の奥さんは私の大学時代の知り合い。このたび、卒業以来はじめて顔を合わせることになる。私はまだ腹もへっこんでないし、すっぴん。寝不足と、800CCの出血のため、まだ顔色も悪い。次に会うときは最高の状態で会いたいと思った。奥さんは大学時代となんらかわりはなく、出産したとは思えない華奢な体。お母さん教室のときも思ったことだけど、出産を乗り越えたというだけで、久々の再開でも話題は尽きない。陣痛の話、出産の話、今の育てやすさ等。これもまたとても楽しい時間だった。そして、五ヶ月の赤ちゃんが意外とでかいというのが、新生児と比べてよくわかった。うちの子もあんなに大きくなるときがやってくるんだなあ。 ご夫婦と赤ちゃんを見送り、少しかずちんはなごりおしそうだったけど、帰っていった。次にかずちんがミーたんに会うのは二週間後。それまでどれくらい大きくなってるかが楽しみだった。それから私はおいしい夕食を食べて、ミーたんとのんびりすごした。前日の疲れか、私もミーたんも割りとのんびり眠れた。

つづく

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