2009年9月15日 (火)

うまれました

さて、先週の土曜日、軽く破水をしました。
病院に行って、即入院になったものの、陣痛がつかず。
翌日13日、陣痛促進剤を打って、夕方無事女の子を出産しました。
心配していた上の子も、ま、そこそこ元気にやってるようです。

出産、二度目ということで、軽くナメていたらしく、なんかソーゼツでした。でも終わるとケロリとしてしまう。陣痛って不思議。

17日まで病院で過ごしてあとは一か月検診まで実家で過ごします。
なかなか会いにこれないかずちんが寂しそうです。

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2008年5月 2日 (金)

おか~さん

2008020420_065 はい、丘③をもじってみました。

この丘は、某タバコのパッケージに使われた写真の丘の近くの公園。

ケンメリや、某タバコの丘は矢印がたくさんでてるけど、私は某タバコのパッケージの写真もよくわからず、行って見たけどさらによくわからなくて車でうろうろしてここで一休みしたときに撮った。まだ何も咲いてません。撮ったの4/19だからしょうがないか。

こちら、もうすでにけっこう観光客が来ています。今日はとかち岳がとてもきれいに見える日だったので、今日来れた人はラッキーだな。

さて、みーたん口数は多いけど、まだべらべら日本語をしゃべるという感じじゃありません。ほぼ宇宙語。

今のところ定着しているのは「あっ、バイバイ」と「おちゃ」と「おっとっと」くらい。

あとは英語で「clap!!」と、アルファベットを見ると「エービー」

どういうわけか、今までに消え去っていった言葉たちもあったりしてなかなか奥深い。私が育児日記をまるでつけないので、いつ発していつごろ消えたかもよくわからないあたりもミステリアス。

去年の11月とか12月ころ、みーたんは私とかずちんのこと両方を「おた~さん」というような発音で呼ぶことがありました。しかし、何があったかもう言わない。かずちんにいたっては聞いたこともない。

いつ「おかあさ~ん」と呼んでくれるのかしら。楽しみ。

な~んて思ってたら、突然昨日から「カカ」と言い始めました。何かが出来ると「カカ!」と言って拍手を求める。何かが出来ないと「カカ!」と言って泣き顔をしてやってもらおうとする。

これは果たしていつまで続くのか。

定着するのか。消えるのか。

言葉が遅いことがな~んとなく気になる母としてはスリル満点です。

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2006年10月 5日 (木)

変な汗かいた。

今日で息子は4ヶ月と4日。

初めての予防接種を受けに行って来ました。BCG。四ヶ月検診も同時に行われた。

受付の30分前に行くと早く帰れるといううわさを聞き、行こうと思ったけど自分の身支度とみーたんの身支度で思いのほか時間がかかり、受付の20分前に着いたらママ友二人が来ていて私たちは3番目。四番目の人がだんなさんも連れてきて羨ましかった。

そしてまず体温をはかって、待機。さすが三番目。すぐに体重測定と身長・頭囲の測定に入れた。体重6800g身長65.5センチでした。

それから離乳食の説明を聞きながら小児科の先生の診察といよいよBCG。

一人、前回受けられなかったというひとが来ていて、その人を入れても四番目。うむ。早く帰れそうだ。

待機の時間は周りの人やママ友と談笑。赤ちゃんが20人以上いるのは圧巻。

どきどきしながら待っていると私たちの前の赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。

ああ、怖い。

みーたんは今まであまりギャンギャン泣いたこともないし、痛い思いもほとんどさせたことがない。だから私はどんな風に泣くのかがわからなくて本当に怖かった。

測定も診察もどれも超ごきげん。ニコニコしているみーたんがこれから泣くほど痛い思いをするんだ。

どきどきしながら待っているといよいよみーたんの番。

抑え方の説明を受けるが、てーらーは腕が長いほうなのでなかなか固定されない。なんどか試してどうにかみーたんが動かないように固定できた。このへんでみーたんはもうすでに「フンフン」と鼻をならしている。

そして、とても大柄な保健婦さんがみーたんの腕にギュギュとBCGの針を押し付けた。腕が体に食い込むくらいのすごい力。

みーたんはここらへんから大声を出して泣き始めた。

そしてさらにその傷口に何か薬品を摺りこまれた瞬間、みーたんは今まで聞いたこともないような大きな声で叫んだ。そんなことお構いなしに保健婦さんは私に今後のことを話している。

待合室のみんなにも聞こえていたのでママ友たちから「いやあ、泣いてたね。」と声をかけられた。みーたんはそのまましばらく私の腕の中でヒイヒイ泣いていた。

予防接種は受けさせるまでとても怖くて私の方が逃げ出したかった。

でも痛かっただろうけどしばらく泣いたらケロっとして笑っているみーたんをみて、その後保健指導を受けて帰るころ、私は「いいものみたなあ」という爽快感でいっぱいだった。

あんなに真っ赤な顔をしてすがってくるみーたん。

なんてかわいいんだ。

それからもうすでにBCGを受け終わっているママ友に「すごい泣いた」という旨メールすると、他のママ友と遊んでるからおいでというのでチャイルドシートで寝ているみーたんを抱いてママ友宅へ。今まで一度もあそんだことのない人も一人来ていて楽しかった。

だけど、私のかいた変な汗はひかずに、帰ってきてからもちょっと心臓がバクバクしていた。

ああ、あのときのみーたんを、かずちんにも見せてあげたかったなあ。

さて、明日の深夜から札幌へ帰ることになりました。

かずちんの妹が三日に赤ちゃんを出産したのでお見舞いに行くのと、かずちんの同僚の結婚式が札幌で行われるのです。

なのでしばらく更新できないな。(それ以前からあまりマメに更新してたわけじゃないけど。)

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2006年9月23日 (土)

アルゴリズムたいそう こうしん

NHK教育でやっている、ピタゴラスイッチを毎日見ています。

最近まで、私は「とくダネ!」よりも「スパモニ」派だった。しかしちょっと前から放送時間が早くなり、それのせいなのか朝起きてかずちんが仕事に行って、洗濯機を回してからテレビをみようとすると、あまり興味のないニュースがかかっていることが多い。

それでNHK教育をかけることが多くなった。最初はにほんごであそぼがぐっと来た。で、毎日8時からNHK教育を見るようになった。しかしある日、いつもここからが「アルゴリズム こうしーん」とこうしんをしているのをみてから、私は「ピタゴラスイッチ」が見逃せなくなってしまった。

ものすごく計算された行進だ。いつも目が釘付けになってしまう。みーたんが寝ているのにもかかわらず見てしまう。

一人だと、ただ単に少し動作をつけながら行進しているだけなのに、二人以上になるとものすごく複雑なすごいことをやっているように見えるのだ。

それからは録画までして見ている。

15分版のピタゴラスイッチは、まずピタゴラ装置で始まり、「きょうのトピックス」でピタとゴラがいろいろと不思議なことを百科おじさんに解決してもらう。それから、10本アニメだとか、フレイミーだとか「お父さんスイッチ(おじいちゃんも可)」とかそういうコーナーがあり、必ずアルゴリズムたいそうか、アルゴリズムこうしんがあって終わる。

どれもこれも味のあるコーナーばかりだ。

対象が4歳児から6歳児なのでみーたんにはまだ早いが、私が好きで毎日見てしまう。

15分バージョンは水曜日と木曜日にしかないんだけど、ピタゴラスイッチミニは日に二度ある。見逃せない。アルゴリズムはたいそうの週とこうしんの週があるが、どれも一緒にやる人たちが違って楽しい。忍者とこうしんしたり、バスガイドさんとたいそうしたり。

ちなみに、私は「アルゴリズムたいそう こうしん」 「おとうさんスイッチ(おじいちゃんも可)」「10本アニメ」が特に好きだが、みーたんは「ぽてじん」というマイナーなコーナーが好きです。

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2006年9月12日 (火)

百日にまつわるエトセトラ

うちの子、9月9日に百日を迎えました。9月9日私の実家の両親がこっちに来て一緒にお宮参りに行って、夜かずちんが合流し、ともにお食い初めのお食事をホテルで行い、父はその日に帰り、母は11日の写真撮影を見学して帰っていった。

みーたんは、お宮参りも外食もスタジオでの写真撮影も終始ごきげん。良かった良かった。

土曜日、両親にみーたんを預けて、私、三年ぶりにショートカットに。写真撮影で一応記念に家族写真を撮ろうと思っていたので。

イライラすると、その矛先がかずちんに向かいがちなので、少しでもストレスを減らそうと思ったこともある。髪が、肩甲骨のしたの方まで伸びてオウムっぽかったのがずっと嫌だった。そしてシャンプーのたびにホルモンバランスが崩れているせいでゾロっと髪が抜けるのも嫌だった。風呂上り、みーたんを寝かしつけてからようやく私の愉快な一人の時間を楽しむのに、髪を乾かすのに20分。これも嫌だった。

で、初めてこっちで髪を切るのにサロンを探した。

今までは札幌できっていたんだけど、もう、そうそう札幌に長居することもできないかもしれないし、実家が札幌市内でも田舎だからサロンに行くのにも時間がかかる。

二軒見繕って電話した。一軒は予約でいっぱいで無理。もう一軒でOK出たので行ってみた。

美容師さんはサロンを一人できりもりしていて、子供をふたり育てる素敵な人。なので、私の髪が薄くなってる部分をカバーして何ヶ月かこれなくても大丈夫な髪型を一生懸命説明したりカタログで紹介してくれた。とてもよい人だ。

髪をずっと明るい色に染めてない上に、二月にカラーリングした部分が落ちてきて茶色になっている部分をほとんど切ったので真っ黒。サロンから帰ってきた時はきまっていた髪も、自分で洗ってセットしてみると、杉田かおるみたい。ムム。

だけどすっごい気分転換になったし、楽しい時間をすごせた。

それでその髪型でスタジオでの写真撮影に挑んだんだけど、そこは、いっぱい着せてその中から写真を選んでどの写真を使うか決め、アルバムや台紙に張って注文。それに使った写真に関してはCDに落として更に5250円払うと売ってくれるシステム。

ナポレオン、化粧回し、桃太郎、和装で撮った。衣装選びの時は、似合わないのは買わなくてもいいやって思った。

だけど、親バカなもんで、着せられると全部かわいい。

そして、写真を撮るのがすごく上手。三人がかりでものすごく上手にあやしてみーたんの笑顔を引き出し、すっごくかわいい写真を撮るのだ。親は何もしなくて良かった。ほんとに。家にいたら私の姿が見えないと泣いたりするのにさ。

結果、どの衣装も削れず、散財。

両家の親、祖母などに送る分に加え、自宅用に一冊16カットのデザインアルバムまで買ってしまう始末(≡д≡) アウアウ

カード切ったから引き落としの時が怖いわ。

ちなみに写りがいいのはみーたんだけで、私は杉田かおる風。かずちんに至っては忙しく髪をカットしに行くことが出来なかったので髪の毛伸び放題。後ろ毛の感じなどからいって、バンダナを巻いていない浜田省吾風です。

しかし私はもともと記念日のイベントとか大好きだからものすごく楽しい週末だった。

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2006年8月17日 (木)

「あとでこまることをなんで今こまるわけ?」 (アライグマくん)

もともとの性格がくよくよしやすいというのもあるけど、私はとにかく新しいことに打ち込む時や真剣に物事に取り組む時に夜も眠れないくらいに悩んだりする悪い癖がある。

今育児をしているけれど、楽しい反面なにぶん初めての育児なのでちょっとしたことでも不安になるし心配になる。もちろん他のことも心配なことだらけ。

だけど、きっと三ヵ月後くらいにはもう不安になってないだろう。

なので今心配なことを書き留めておこうと思う。

①みーたんの体重の増加がゆっくりなこと。一ヶ月検診では日に60グラム近く増えていたみーたんだけど、今は20から30グラム程度。母乳だとゆっくりだとも言われるけどまわりでは母乳でもうんと増えている人がいるようだ。身長がとても伸びているので余計体が小さく見えるのが心配。

②ゴム乳首が嫌いなところ。退院してから今まで白湯やお茶を哺乳瓶で飲み干したためしがない。20ccくらいしか入ってないのに、ほんの少ししか飲まずに口から出してしまう。ゴム乳首をくわえた時点でもう「オエ」と嫌な顔をする。

③スプーンが嫌いなところ。こないだ子育て教室でおも湯の作り方や野菜スープの作り方、飲ませ方を習ったけど、スプーンもゴム乳首と同様「オエー」と受け付けない。果汁は多少あまいせいか少しはのむけれど、スプーンを口に入れることを極端にいやがる。

④100日のお参り・お食い初めをどうするか。家でやってもいいんだけど、お膳を用意するのもどうよ。と思うし。こっちのホテルでプランであるとは聞いたんだけどメールで問い合わせてもいまだに返事がない。また、神社とかもこっちで行った事がないので不安。実家の近くの神社は何度も行っているし、宮司さんの奥さんが友達だから安心なので実家に帰ってできたらいいともおもうけど、もうなるべくかずちん不在でそういった行事を実家でやるのはどうかと思ってしまう。

⑤夏、痩せられてないこと。妊娠によって結局12キロも太ってしまい、それはなんとか戻ったものの、妊娠前に3キロ太ったのが戻せない。暑いから痩せられるかなと思ったのに。授乳してたらやせると本にも書いてあるのに、さっぱり落ちなくなってしまった。どうにか戻さないと、多分妊娠前の冬物、きついと思う。子供服は意外と高い。自分の冬服を買うよりもみーたんにあてたい。冬服だって気に入ってるから取っておいてあるのだから今年の冬はちゃんと着こなしたい。去年は妊娠中ということもあって着れなかったからなおさら。もちろん何アイテムか買ったりはするだろうが、大きいのをお金出して買って安心するのもどうよ。がんばらねば。

⑥自動車の任意保険のこと。うちには二台車があるが、はてさてどのように入ったら得なんだろう。今入ってるのが10月上旬で切れるので来月中にはどうにかしないと。かずちんが今回の免許の書き換えでゴールドじゃなくなるようなので、そのへんもふまえて少しでも安いものにしたい。

⑦年末年始にかずちんの実家に帰るつもりだけど、赤子をかかえて飛行機に乗ることが不安。混んでるだろうし。むこうでレンタカーを借りようと思うけど、今まで借りたことないから不安。チャイルドシートも借りないと。フェリーがいいのかもしれないけど、我が家は北海道の内陸部なのでフェリー乗り場に行くまで夏場でも5時間くらいはかかる。冬だともっとだ。船にあまり乗ったことがないので酔いそうだし。検討せねば。

うむ。こうして書き出すと、いかにちっぽけな悩みしかないかがよくわかる。いいことだ。

明日が幸せならそれでいいや

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2006年7月24日 (月)

入院生活のまとめ

退院してきてからだいぶたち、私ももう実家から我が家へ戻ってきたけれど、今でもかずちんや実家の母と、あの日々を反芻してすごしてます。今思うとあっという間だったけれど、あのときは本当に静かで長い時間だった。あのような時間のすごし方はそうそうできないと思う。陣痛から出産、そしてみーたんと同室になるまではおよそ24時間くらいだったけれど、あの時は3日間くらいに感じました。 退院して早く思いのままに育児をしてみたいとなんとなく思っていたけれど、退院してすぐ、「病院に戻りたい」と思ったこともありました。とにかく不安がすぐに解消されたからです。(その後、我が家へ戻ってからも同じ感情に何度もさいなまれています。「実家に戻りたい」)

入院生活について思い出すと必ず思い出すのがYさんという助産士さんのこと。本当にいい助産士さんだった。あの人がいなかったら私はあんなにがんばれなかったと思う。Yさんは実家が我が家のある市なので、いつか帰省してきたときに巡りあえたらと思う。ほんと素晴らしい人だった。手を腰の高さくらいで振りながら「てーらーさーん!」と日に何度も様子を見にきてくれて本当に心強かった。

そして料理も産院の清潔さも本当によかった。だからといって、決して高いわけじゃないと思う。ネットなどで産院の情報などを見ていると「出産するのにリゾート感覚」「母親だけの贅沢なんて無駄」みたいなことを言っている人がいる。時には「子供のことを考えれば大学病院だとかもしものことを考えて入院するべき。だからどうのこうの」といやなことを言ってる人もいる。だけど、私はやっぱりこのような産院で産めてよかった。産んだ後ますます大変で不安な生活が始まるのに、他の要素で心が荒むということがなかったから。そして立会いというのも本当にいい思い出になった。

しかし、里帰り出産というのは本当に不経済だし、かずちんにもとても寂しい思いをさせてしまったと思う。そして実家から戻ったあとも、まず私はみーたんとかずちんとの生活に順応できず、泣いてばかりいたので、三人での生活を楽しみにしていたかずちんを困らせたり悲しませたりしたと思う。次ももし里帰りするとしたら、みーたんも私と一緒に行くと思うしかずちんはとても寂しがるだろう。 しかし、もしかなうならばまたあの産院で産みたいと思っている私がいることも事実だ。

とにかく痛みもすっかり忘れてしまった私にとっては、まるで「中学時代」「高校時代」などと同じように素敵な思い出になった。 今はまだ考えられないけど、二人目も絶対ほしいな。

以上で入院生活については終わります。

妊娠してから腹の事とか腹の子の事とか入院生活の事ばかりになったけれど、このブログを完全に育児ブログにするつもりはなく、これからもドラマのこととか漫画のこととか好き勝手なことを書こうと思う。 子供が生まれたら子供の事しか考えられなくなるかと思っていたけれど、意外とそうでもないとわかってうれしい今日この頃。いや、もちろんみーたんが中心に我が家は回ってるんですけどね。 そればっかりじゃあねえ。 家でリビングと寝室はもちろん赤ちゃん仕様になってるんだけど、おかげで客間が相変わらずごちゃごちゃ誤飲しそうなものばっかり飾られてしまいました。だってこまごましたもの好きなんだもん。捨てられないんだもん。雑貨を捨てないためにゴミ袋三袋も服捨てました。収納場所の捻出のため。体重は戻ったけど、もう年考えないと、着ない馬鹿みたいな服もたくさんあったしねえ。 

以上。

なんだか入院生活のまとめといいつつ全然まとめられなかったなあ。

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2006年7月22日 (土)

入院生活

入院生活七日目:この日は午後から友人がやってくる約束だったけど、なんと退院指導も午後。友人と約束の時間と重なる形で行われると聞かされ慌てて友人にメール。友人に少し早めに来てもらうことになった。なのに、その早めに来てもらう時間になんと小児科医による検診があるというので焦った。まあ、結果としてはぶつからなかったんだけどさ。その小児科の先生が言うことには「反る癖がある」「両手をあげるのはあまりよくないので気づいたらおろすように」「左右の足の動き方が非対称なので同じ動きをさせてみるように」ということ。それからあまり寝ない話をしたら、バスタオルやおくるみで手足を固定して動かないようにする包み方を教えてくれた。しかし、うちのみーたんはあまり好みじゃないのか泣き叫んでいた。終わって慌てて部屋に戻ると友人二人が病室の前で待っていてくれた。そのうち一人はもうすぐ三歳になる子がいる。私はその子が大好きだ。つれてきてくれてうれしかった。とてもやさしい子で、うちのみーたんを覗き込み、羊水焼けで皮膚がむけているみーたんの腕をそうっとなでてくれた。「いたいのかな」と思ったのかな?二人は同じ市内に住んでいるが割りと遠方なので私の実家まで行けるかわからないから・・・と、お祝いも持ってきてくれた。早速見せてもらうととてもかわいいお洋服と写真のアルバム。かわいい。ありがたい。お洋服は80センチと70センチだったので、80センチのは来年着てと言われた。さて、来年みーたんはこのお洋服をどのように着こなすんだろう。このときはまだ50センチだったのでぜんぜん想像がつかなかった。昨日まで来てくれた友人たちがみーたんを抱いた写真をデジカメで撮っていたので、二人にも撮らせてもらう。そして友人たちの写真も見せた。しかし、そのデジカメのデータには私の妊婦時代の下着姿の写真がたっぷり入っており、「何やってんの(笑)」といわれた。自分で撮ったものであるが、予定日が11日も超過したので、果たしていつが妊婦としてのラストショットになるかわからず毎日寝る前に撮ってたんだよね。しかもおなかが大きいと、別にブラジャーとパンツの写真もなんだか恥ずかしくないんだ。不思議なことに。だから全部見られてもなんともなかった。「てーらー、いいわ。これ。セクシー」とありがたい言葉も頂戴した。 友人が帰ってから退院指導を受ける。沐浴指導もあった。うちのみーたんは母乳の飲みがよく、乳首が血豆のようになるほどで、おっぱいもぐんぐん作ろうとするのか胸が張って張ってしょうがない。乳首は痛いけど、みーたんが吸ってくれないと張りでカンカンになり痛くてしょうがない。しかし、こうして授乳室に行くと、お母さんの張りと赤ちゃんの飲むタイミングなどがあわないのか乳首から血を出しながら搾乳している人がいたり、赤ちゃんが飲まないので体重がずいぶん減ってしまい、ミルクを足しているという人がいたりでとても大変そうだ。私もいつまでこの調子でみーたんが飲んでくれるかわからないので覚悟しておかなければと思った。退院指導では夫婦生活のことだとか、退院してからの生活とか母乳育児における母側の食生活だとかそういうことを習った。入院指導の時の話もしていた。っていうか入院指導なんて受けてないんだけど。そうか、私は貧血で産んだ次の日半日寝込んでいたのでその時に行われたのね。どうりで食堂でみんなわきあいあいなわけだ。と妙に納得。沐浴指導では「誰かお風呂入れたい方いらっしゃいますか」というので立候補。みーたんは沐浴のあととてもよく寝てくれるので少し寝てもらおうと思って。ちょっと暴れたけど気持ちよさそうだった。その後授乳して病室に戻って翌日の退院の準備をした。昨日もって帰ってもらったばかりなのに、どうしてこんなに荷物があるんだろう。前日まで夜はほとんど寝てくれていないので不安だったが、この日は良く寝てくれたので荷物をまとめるのが楽だった。

入院生活八日目:ここのおいしい食事ともお別れ。私は朝パン食と決めているのでこの日もパン食。だって、トマトとチーズのサラダがおいしいんだもん。もう最後なんだなと思うと感慨深かった。ゆっくりと味わって食べる。すると、席が全部埋まってしまっていたのか、腰にベルトを巻いた小柄な人が同席してもいいですかと言ってきたので快諾。いつもは少しでもみーたんの沐浴中に眠りたいのでかきこんで食べるのだが、今日は最後なのでその人に合わせてゆっくり食べた。その人は二人目を出産したとのことで、とても小柄なのにお子さんは3900あったそうだ。二人目出産なんてすごい!あの痛みを味わったあとの私はまだぜんぜんそんな気持ちになれないという話をしたら、「なぜか二人目産む瞬間まで痛かったこと忘れるんだよ。陣痛来てからああ、そうだった。こういう痛みだった。って思うの。」とのこと。私も早くそうなりたいと思った。とても良い人だったのに、退院の日の朝に話をするとは残念。もっと前からお話できたらよかったのに。 昼ごはんを食べてから退院ということだったので、昼は部屋に持ってきてもらった。その前に入院費用を払ったり私の診察があったりいろいろ忙しいからね。 昼ごはんを食べてるころに両親が迎えに来た。入院費用を払い、そしてお世話になった助産士さんに手紙を書いて退院。なんだかあっという間だったなあ。 退院のみーたんの服はうちの母が作ったもの。フリルがたくさんついていて初めての肌触りにみーたんはずっと眉間にしわを寄せていた。でもいいのだ。これを着せるためにうちの母はずっとがんばっていたんだから多少みーたんも我慢しておくれ。 帰りに新生児用の紙おむつを買いに行った。「新生児用のはどこですか?」と店員さんに尋ねると、場所を親切に案内してくれた。そして 「いつお生まれになるんですか」と耳を疑うような質問をされた。 しかしそれもそのはず。産んだら風船がしぼむようにへこむと思っていた腹はぜんぜんへこまないのだ。けっこう時間がかかる。確かに退院の日の私の腹はだいたい七ヶ月くらいはありそうなおなかだった。「もう産んだんです。」と言ったらその店員さんはバツの悪そうな顔をしていた。

入院生活レポートはこれで終了。明日は時間があったら入院生活のまとめを書きたいと思う。

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2006年7月20日 (木)

入院生活

さて実家から家に戻ってきて二週間。ようやく家もかたづき、育児にもだいぶなれたので、みーたんの寝てる隙をついて続きをしたためておこうと思う。

入院生活五日目:前日まではかずちんがいてくれたけど、今日からは完全に一人なので母に早く来てもらう。日中はとても涼しい。前日の晩にみーたんは熱が高いということで夕食のあと少し長くナースステーションに預かってもらっていた。母乳のあとに白湯を足すことになり、母乳を飲ませたあと授乳室に通って哺乳瓶で20~30ccのぬるま湯を飲ませる。ごくごくと飲むところをみると、とてものどが渇いているようだ。 午後1時すぎに友人が来るというので、とりあえず、プリンなどは持ってこないようにお願いする。昨日からいろいろな人から差し入れをうけ、冷蔵庫が飽和状態。まだ母乳の出が落ち着いていないし、乳房がパンパンに張り始めているので、ちょっとお菓子はやめてみようかなと。 この日、鈴香容疑者が任意で事情聴取を受けた。実はこの前の週の週刊文春と週刊新潮を買ったところ、あたかも綾香ちゃんの実母が犯人であるかのような文章が書かれていた。私は、これでもし犯人じゃなかったら、こんな風に顔写真まで載せてどうするんだろうと思っていた。母は最初からこの女性が犯人だと決めてかかっていたのでその文章をうなずきながら読んでいた。なので、テレビで事情聴取のことがやっていたのを見てすぐ母に電話。みーたんに何かあったのかと思ったらしく、「そんなことで電話してきたの?」とつれない返事。その後母が来て、すぐに昼食へ行く。おいしい。それからしばらくすると、友人夫婦がやってきたので母は帰っていった。今日はみーたんが寝てばかりいるので退屈そうだった。友人夫婦は「なにがいいかわからなくて」とミネラルウォーターをたくさん持ってきてくれた。ありがたい。私は昔からどうも実家でしか水道水が飲めない。授乳しているととかくのどが渇いてしょうがないのでペットボトルのお茶や水が必需品だったのでとてもありがたかった。昨日別の友達が持ってきてくれた源吉兆庵のお菓子をお茶うけに振舞う。だんなさんがとても子供が好きな人でソファに座ってと促してもぜんぜんみーたんのそばを離れなかった。みーたんはとても手足をばたばた動かす子なので、それをみてはニコニコしていた。みーたんを抱っこしてもらう。自分で抱くと重さも感じるし、まだ抱っこに慣れてないこともあるからかあまり新生児の小ささは感じないけど、人に抱っこされてるのをみるととても小さいなあと思う。 友人夫婦は翌々日から沖縄に行くそうで、その話などをいろいろと聞かせてもらった。帰ってきたらまたおみやげ話を聞きたいなと思った。 二時間ほどいて帰っていった。友人だけなら授乳などもできるけど、だんなさんもいるので授乳することになったら気まずいかなと思っていたけどみーたんはとてもおとなしくいい子にすごし、授乳しないですんで安心した。 しかし、夕飯を食べた後からぐずぐずぐずぐず言い出して、さらに白湯を足しているせいか、おむつを替えてる最中におしっこをして私はとてもびっくりした。その後「ああ、育児雑誌に載っているのはこのことか」と納得。男の子だとよくかけられるとのっていたもんな~。しかし私の布団はべっちゃべちゃだよ・・・まあ、べちゃべちゃの布団に寝るまでもなく、みーたんはぐずついているので朝方まで抱いて廊下をうろうろしたりとにかく私は立ちっぱなし。寝られる時はソファでちょっと座ったまま寝たりする程度。体はくたくたになるし大変な夜が始まりました。

入院六日目:朝食のときにみーたんを預けると、沐浴をさせてから返してくれるので二時間から三時間預かってもらえる。ありがたい。前日ほとんどまともに寝ていないので朝食をかきこんで急いで部屋へ戻り、みーたん用のバスタオルを何枚か体にかけて寝る。そして10時半ころ、この七月に出産を控えた友人がお見舞いに来てくれた。この友達は新居もこのへんなので歩いてきてくれた。この子のおなかの子は女の子。生まれたら会いに行きたいな。私にとって出産は思い描いていたのよりも遥かに大変なことだったので、この友達にあまり多くは語らなかった。不安がらせてもね。生んでから「たいへんだったよね」とお互いの出産談義に花をさかせたい。 八ヶ月に入ったところのようだけど、けっこう重たそうなおなかをしていた。いくら近くに住んでいるとはいえ、歩けば30分はかかる。大変だったろう。それからその子が帰って、昼食を食べに行く。みーたんは昨日のぐずりが嘘のように寝てばかり。昼夜逆転している。昼食を食べ終わってみーたんを返してもらってトイレに行こうと外に出ると、前にこの産院で出産していろいろ教えてくれた友人がやってきた。彼女は仕事場が割りとこの産院の近くなので前から暇をみて来ると言ってくれていたのだ。おみやげにおしりふきと麦茶をくれた。またまたありがたい。本当に飲み物はなかなか自分で買いにいけなかったりするのでうれしかった。彼女はもうお産を済ませているのでのびのびと私の陣痛や出産にまつわる話をすることができた。うちのみーたんは3126グラムの大きさで、それでも出てくるのにとても難儀した。彼女の子供はとても大きかったのでもっと大変だっただろう。お母さんとしては一年とちょっと先輩。これからいろいろと相談にのってもらうことも多いだろう。仕事の合間を縫って忙しかったろうに来てくれてありがたかった。 普通に生活していると、自分の子供でもない限り、なかなか新生児を見る機会って少ないので、ほとんどの友達が遠巻きに見て、「抱いてみる?」と促すとおそるおそる抱いて「こわいこわい」と返してくるのに、この子は「ねー。抱いてもいい?」とひょいっとみーたんを抱き上げた。さすが一児の母!ぐにゃぐにゃで壊れそうに見えてもも意外と壊れないということを知っているんだ。その友人が帰ってから一時間後、今度はその友人と共通の友人がやってきた。 その子もなかなか忙しい仕事をしているので、せっかくの休みにこうしてきてくれるのはありがたい限り。焼き菓子を持ってきてくれた。この子は、私の好物をいつの間にかちゃんと把握していて、前に、家に遊びに行ったら、「てーらーの好きなカレー作っといたよ」と私の大好物のカレーを作ってくれていたこともあった。私は、どちらかというと甘党ではないのだが、クッキーやロシアンケーキのような硬い焼き菓子がとても好きだ。早速いただいてみると今回持ってきてくれたのもほんのり甘く、硬くってとてもおいしかった。子供好きな人なのでみーたんのことをじっと見つめていた。 この日はすべてのお見舞いが済んでから父と母がやってきた。翌々日退院なので、とりあえず荷物第一弾を持ち帰ってもらう。premoのチェックリストで見て、あったら便利と書いてあったものをすべて用意して持ってきたので、「てぶらで入院」が売りの産院なのに私はとてもたくさんの荷物があったのだ。残念ながらいきみのがしをするのに便利なゴルフボールもテニスボールも使わなかった。ちなみに一番重宝したのはペットボトル用のストローだった。父が来るのは出産後二度目。正直、あまり子育てには熱心そうではなかった父だが、孫はかわいいのか割とうれしそう。父の性格上、こういう駐車場の少ない産院だと文句たらたらになりかねないのに、みーたんのためなら大丈夫なのか、気長に空くのを待ってから止めていそいそと病室にやってくる。 この日はお祝いディナーの日だったので母を残して父は帰っていった。事前に私は魚、母は肉を選んでいた。超豪華なディナー。本当ならかずちんに食べさせてやりたいところだが、かずちんはもう休みをとってくることはできない。そして、よく出産立ち会えたなと思うくらい、自分の都合を職場で強く言うことができない人なので正直こういうメモリアル行事はあてにならない。母と乾杯した。とてもおいしかった。食後、母は帰っていった。この晩もみーたんはぐずぐずでほとんど眠れなかった。大好きなあいのりを見てからゆっくりとぐずっているのに付き合う。みーたんは腹のなかから出てきたばかりで順応できないんだなあ。

つづく

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2006年6月22日 (木)

入院生活について

一日目と二日目は、前回の投稿で書いたとおり。三日目以降を綴っていきます。

三日目(6/2)、私はカテーテルを三時ころまで入れていたので全然動けませんでした。かずちんが10時ころやってきた。そして私がなんとか座って出生届を書き、かずちんはそれを携えて出かけた。それから私の両親登場。前からリクエストしていた、リアドロの犬の置物を買ってきてくれた。しかし、なぜ、病室においていく・・・。そしてちょうどよく、私のもとに、ミーたん(赤ちゃん)がつれてこられ、うちの父と母が初めてのだっこ。それから私は初めての授乳。これが痛いのなんの。赤子の歯茎の力をなめてました。ほんと痛い!乳首がとれるかと思った。それからかずちんは私のご褒美に嵐のCDを探しに行き、なかなか帰ってこなかった。初回限定版がすっかり売り切れてしまっていたのだ。(私は今回の出産を嵐の「きっと大丈夫」を歌って乗り越えたといっても過言ではない。特に予定日を過ぎていたので、相葉ちゃんのソロ「回り道もたまには悪くない」には励まされた。)それからかずちんが帰ってきたのが1時過ぎ。なんとか昼食も食べれたし、カテーテルもはずしてもらえた。それから個室があいたというので3時ころ個室に移る。やった!かずちんも泊まれる!個室に移ってすぐ、ミーたんと同室。しかし、初めてなもので泣いても何をしてよいかわからず、とりあえずあやしてみたりした。おっぱいをあげてみるものの、痛くて痛くて出ているかもわからずしょげかえる。 5時40分ころ、私は夕飯を食べに行く。とてもおいしい!やっぱりねえ、産婦は病人じゃないんだなあ。おいしい食事がとてもうれしかった。それから部屋に戻る。この病院はなんだか病室の照明が少なくて薄暗い。そして暑い!赤ちゃんの快適な温度にするためか、ほんと普通にしているだけで汗が出てくる。この夜が本当に長かった。かずちんと二人でミーたんの泣き叫ぶ様子に右往左往。おっぱいをあげても泣き止まない。オムツを替えても泣き止まない。抱っこしても泣き止まない。ようやくまとめて寝たのは明け方だった。ミーたんもお母さんの腹から出て環境に適応できてなかったんだろうね。わかってあげられなくて情けない思いの一日でした。また、夕方やってきた助産師さんからミーたんに心雑音があると聞かされ、しょっぱなから不安な感じ。

四日目(6/3)上で述べたように、かずちんと私はほとんど寝ずに朝を迎えた。そして朝ごはんのときにミーたんをナースステーションに預ける。そのときに母乳の回数やオムツ替えの回数を書く紙を提出するので、昨日の心雑音のこと、書いてみた。私はごはんを食べ、かずちんは今日帰るので少し眠ってもらった。沐浴をしてから返してもらうシステムで、10時半ころまで預かってもらえたのが本当に助かった。紙をみたのか、昨日の助産師さんがやってきて心雑音について説明してくれた。新生児はよくあることらしく、一ヶ月健診くらいまでには消える場合が多いとの事。少し安心。母がやってきて、抱っこして楽しむ。私はミーたんのお母さんなので、泣くと「どうしたんだ。原因はなんだ」と一生懸命なのに対し、親世代は何人も育てた経験からくる余裕なのか、ミーたんがギャンギャン泣いてても「泣き顔もかわいいよ~」なんて泣いてるのをただ見ている。私にはまだそんな余裕はない。そうこうしているうちにまたミーたんを預けて昼ごはんの時間に。おいしいよ~。かずちんはうちの母とサンドイッチ。申し訳ない。ミーたんを返してもらって、またホラーな泣き方をするので散歩に出ようと母と病室を出ると、来月結婚式をあげるかずちんの妹とそのだんなさんが、すばらしいカーネーションの大きな花束を持ってやってくるのと出くわした。かずちんの妹も、9月に出産予定。私のそのころとは比べ物にならないくらい、スレンダーな体型を維持している。同じ産院なので、先生の話などで盛り上がる。若い二人からいいのか?というくらいのお祝いもいただき、楽しい時間もすごせた。それから二人とうちの母は帰り、かずちんの去年の同僚が来るというので待機。その同僚も5ヶ月の赤ちゃんがいるので会えるのが楽しみだった。偶然なことに、その同僚の奥さんは私の大学時代の知り合い。このたび、卒業以来はじめて顔を合わせることになる。私はまだ腹もへっこんでないし、すっぴん。寝不足と、800CCの出血のため、まだ顔色も悪い。次に会うときは最高の状態で会いたいと思った。奥さんは大学時代となんらかわりはなく、出産したとは思えない華奢な体。お母さん教室のときも思ったことだけど、出産を乗り越えたというだけで、久々の再開でも話題は尽きない。陣痛の話、出産の話、今の育てやすさ等。これもまたとても楽しい時間だった。そして、五ヶ月の赤ちゃんが意外とでかいというのが、新生児と比べてよくわかった。うちの子もあんなに大きくなるときがやってくるんだなあ。 ご夫婦と赤ちゃんを見送り、少しかずちんはなごりおしそうだったけど、帰っていった。次にかずちんがミーたんに会うのは二週間後。それまでどれくらい大きくなってるかが楽しみだった。それから私はおいしい夕食を食べて、ミーたんとのんびりすごした。前日の疲れか、私もミーたんも割りとのんびり眠れた。

つづく

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2006年6月13日 (火)

退院してきてもうすぐ一週間

退院してきてから明日で一週間になる。

まず、産んだときのことをしたためておこうと思う。

いやあ、すごい経験でした。まず、5/31に子宮に風船をいれ、誘発剤と抗生物質を投与し始めおなかに分娩管理装置をつけられた。

この風船を入れるというのがものすごく痛かった。この時点で人生で一番痛い痛み。

風船はけっこうきいて、二時間ほどで子宮口が5センチまで開いて抜けてしまった。

そのころ、胎児の心拍が弱まり、私自身も少しおかしくなったのか酸素を吸入する。ちょうどその瞬間かずちんが到着し、青い顔で私のことを見下ろしていた。酸素を吸入するのはほんの30分ほどだったので敢えてそこに到着したかずちんはすごい。無駄に心配していた。

昼をすぎてもまったく陣痛がつかない。ちょっとは痛いんだけど、まだまだたぶん陣痛とはちがっていたんだと思う。しかし、痛いことは痛いので昼ごはんは食べられず、かずちんに食べてもらっていたら「食べないともたないよ!!」と助産師さんの怒られる。あわててかずちんはサンドイッチやおにぎりを買ってきて私に食べさせた。

その後、その日は6時で終了。かずちんが消灯時間までいてくれるというので楽しくおしゃべり。その間、隣のベッドで陣痛に耐えていた女性がLDRに運ばれていった。およそ2分刻み位まで陣痛室にいたことになるが、なかなか痛そうな感じでちょっとうめき声をあげていた。

その日は風船が痛かったのと点滴が太くてつらかったくらいで終わった。

次の日、かずちんが到着する前から作業が開始された。その日の回診のお医者さんはとても内診が痛い。うめいてしまった。点滴で誘発剤をうつ。昨日よりもかない速いペースで私の体内に注がれていく。

かずちんと私の母もついて、のんびりするが、なにぶん赤ちゃんの心拍の関係か、右向きでしか寝かせてもらえず、その体勢を維持するのがつらい。

そしてお昼ご飯が届いた。なんとなく食べないと持たないなという気がしたので食べた。いや、ほんとのところ、カレーだったから食べた。大好物だもん。

11時09分。おなかがいたーーーい。

これが陣痛か??

と思いながらもカレーを食べ続ける。

おや。

またいたーーーーい。

五分置きに痛い。

その後、陣痛はホラーな速さでどんどん進み、12時49分にはもう二分か三分刻みでいたくなっていった。

本で読んだのと、お母さん教室で習った呼吸法を試みるけれど、とても痛い。

かずちんはやさしく話しかけ微笑んでいるけど、それに微笑み返すこともできない。

昨日となりのベッドにいた人は相当我慢強い。私はその人がうめき声で絶えていた同じころに「もうだめだー」だの「いたいー」だの大声で叫んでいた。

1時も回って助産師さんが「夕方には生まれるでしょう」という。

愕然とした。夕方までこのまま痛いのか??

その後なんどか陣痛に耐え、内診をしてもらうと子宮口が8センチまで開いていたのでようやくLDRに移してもらえた。

移ってすぐトイレに行ったが、用を足している間にも陣痛はやってくる。

そしてLDRのベッドでも右向きで陣痛を耐えるが、どうしてもいきんでしまう。おなかに力がかかる。いきみを逃すため、かずちんに背中をさすってもらい、お尻を押してもらう。

なかなか大変な作業だ。2分おきから先は、絶え間なく陣痛が来ている様な感じ。

おそらく、胎児の心拍が相当下がっていたのか、助産師さんが、突然手で子宮口を広げると言い出す。深呼吸のあと、おしりをちょっと持ち上げるようにいきんでください。とのこと。やっといきめる!少しうれしくなった。三度ほどいきんだころ、どうやら手で子宮口を10センチまで広げてくれたようだが、まったくそんな感覚はない。

「じゃあ、二回深呼吸してうーーーんとながーくいきんでみましょう。」

よし!!いきむぞ。

何回かうーんうーんといきむとかずちんが「お!」と一声。たぶんちらっと頭が見えたんだ。やった。もうすこしだ。

うーーーん。

でもなかなかでてこない。

そこで先生登場。

ああ、会陰切開ね。知ってる知ってる。本で読んだ。いいから早くきって、この痛さから開放してください。祈るような気持ちで先生の作業をまった。

「七時の方向にいきます。」

バチンバチンバチンバチン

はげしい音がして、どうやらきられたようだ。

切られたあと、すぐに陣痛がやってきたので、教わったとおりにいきむ。

すると、なんと私の右側に女性がたち、私のいきみとともに上から私の腹をぎゅうぎゅうと押し始めた。

うーーーーーん

といきんだ瞬間

「びゅーーん」と私のおなかから赤ちゃんがすごい勢いで出てきた。

すごい!

私、一回いきんだだけで頭も肩も手足も全部出した!!

と自画自賛。

しかし、はたからみていたかずちんによると、先生が会陰を切った後、器具を入れて吸引したとのこと。腹の子はへその緒をぐるんぐるんに首や頭に巻いていて、泣き声を出さなかった。かずちんは、それをみて、赤子はもうだめだと思ったそう。

まあ、とにかく終わった。

吸入器で気道を確保され、泣き声をあげた赤ちゃんはすぐさま私の胸に乗せられた。

二重まぶたで割りとくっきりとした顔だった。

横で添い寝をしながら、私は切られたところを縫われる。これがまた相当痛かった。

これに耐えている間に、母が「娘の顔色が悪いんです。」と訴えた。

あわてて血圧を測られる。上が77。ちょっと低すぎる。

赤ちゃんを引き離され、私はヘモグロビン注射と心電図とで病人のようになった。かずちんはその間赤ちゃんをビデオで撮影してくれた。

3126グラム。50.3センチの元気な男の子。

通常2時間しかいられないLDRに、私は貧血のおかげでさらにもう2時間いることができた。800ccの出血だったそう。

その後、私は担架で運ばれ、入院室へ。

尿道カテーテルを入れられ、点滴をし、体中筋肉痛で動くこともできないのに、なぜか目がさえて寝ることもできなかった。

次の日に、自分で書いて出生届をだすというかずちんを必死で引きとめ、おきて出生届を書いたことが信じられないくらい、体中が痛かった。

とりあえず、以上が陣痛・出産レポートです。

入院中の生活もおいおい。

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2006年5月30日 (火)

予定日プラス九日

時が過ぎるのは早いもので、もうあさってから6月です。

五月中に産むものと思っていたから我が家には「五月うまれの赤ちゃんの本」というものがスタンバイされている。6月のも買っておいたほうがよかったかなあ。

今のところ陣痛の兆候はなし。

なので明日入院します。8時45分集合。

管理入院だけはなんとなく避けたくてその前に陣痛が来て欲しくて一時間歩いて無理やりおなかを張らせたりトイレまでスキップで行ったり、スクワット100回したりしたけど、何か理由があるのかさっぱり陣痛はこなかった。おとついはなんだか絶望的な気分になり、滅入ったけど、よくよく考えると、普通分娩を予定していて、前日にちゃんと荷物用意して、リラックスして翌日に入院できるというのは、怖がりの私にとってすばらしいお産の方法なのではと思うようになった。

私はどちらかというとせっかちなほうで、今回はその性格のせいで相当滅入ったり落ち込んだりあせったりしたけど、せっかちなのよりもなによりもまず怖がりで用意周到な方なのを忘れていた。

遠足とかで忘れ物とかをしたら一気にパニックに陥ったり落ち込んだりするほう。

なので、はじめは「神様がこのせっかちな私にマイペースなかずちんとのんびりやの子供を与え、ゆとりを持たせようとしているんだ」と言い聞かせていたけど、今は「パニックに陥りやすい私に冷静さを取り戻させ、前日までにちゃんと心の準備と荷物の準備をさせてくれようとしている」と思うようになった。

あしたのんびり入院します。

かずちんが夕方までにかけつけてくれる予定。

次に書くときには赤子を横目にかけるのかな。

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2006年5月28日 (日)

予定日プラス七日

昨日おとついと、書かずに寝てしまった。

今も私は病院ではなく家にいる。

今日はかずちんがはるばるやってきてくれたのでなるべく今日明日で生まれて欲しいなあ。

昨日から定期的に陣痛らしきものがきては10分置きになる前にフェードアウトしてしまうんだよね・・・。

6分置きにならないと病院にはいけません。

がんばれわが子よ

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2006年5月25日 (木)

予定日プラス四日

今日も何事もない。

うちの行きつけのすし屋のおやじさんと同じ誕生日になるのを避けたいと、私がなんとなく思っているのでこの子もまだ出る気がないのかな。

なんとなく「俺とその子の誕生日だから鯛仕入れた」とかいう電話がかかってきそう。

いや、それは冗談だけど。

こうして予定日超過して本当によく言われる素敵な言葉「お母さんのおなか居心地がいいんだわ。」

これにどれだけ救われているか。

何をこんなに気をもんでいるの と思う人もいるかもしれないけど、毎晩、デジカメとビデオの充電をして、すぐに荷物につめれるようにしたり、着替えを枕元に用意したりする日々が続くと、前日のその行動すべてが無になったような気がしてなんとなく切なかったり。もちろん、その準備している間に「明日はこの子に会えるといいな」とか思ったりしているので。

友人や親戚も気を使ってくれているのか、全然連絡をよこさなくなった。

気を使わせて悪いなあ。

うちの弟はほんと、しょっちゅう連絡よこすけどね。自分のこととなったらちっとも連絡よこさないのに。

子供好きだからなあ。

かずちんも毎日職場で聞かれているようです。

「まだなんですよ。」そう答えると魔法の言葉を言われるよう。

「お母さんのおなか居心地いいんだわ」

居心地、ほんとにいいんだといいなあ。

出てこない理由があるとそれはそれで怖い。

さて先日ソニープラザで20回くらい水につけるだけで使える泡が出るスポンジを買ってきた。

これがとてもよい。やわらかめの軽石みたいな硬さだけど、あまりやわらかくすると20回も使えなさそうなので固めのまま使ってるんだけど、肌がつるつるになるし、水をはじくし何より良いにおい!!

うちの母はまだ使ってないけど。たぶん、肌がわたしより弱いので怖いのかしら。

出産後に使いたいアイライナーも買ってきたんだ。これもすごくよさそう!

今はいつ陣痛くるかわからないのであまりフルなメイクをしていないので使う日がとても楽しみ。

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2006年5月24日 (水)

予定日プラス三日

今日は健診でした。

予定日も過ぎてるしまさか今日また健診を受けるとは思っていなかったので予約をしておらず、昨日ネットで予約しようとしたら全部埋まっていたので朝一に行ってみてもらうことにしました。

私の行っている産婦人科の病院は先生を指定して予約することができる。

しかし、妊娠当初からこの病院にかかっているわけではないので正直どの先生がいいのかわからず、先月受診したときから予約するときに先生を指定せずに予約していた。

だけど、毎回同じ先生になる。

ようするにこの先生は人気がないのではないだろうか。

しかし、別に嫌な思いもしないし、気になったことを聞けばにこやかに答えてくれるので特に気にならない。

今日は診察の前にNSTがあり、それから健診。その後赤ちゃんの頭よりも骨盤が大きいかを写真に撮って検査した。

この写真を撮る機械がとても怖い!!

幅30センチくらいの板の上に乗せられて、横向きで一枚パチリ。このとき、私の股の間にウレタンで包んだ鉄の定規のようなものをはさむ。

8キロもの重さが腹にかかっている状態で、横向きで動かずに写真を撮るのも怖かったけど、さらにこのあと、この台の上に乗って90度仰向けに倒されるのがさらに怖い。

仰向けに倒された後、上半身を起こして背筋を反り返っておなかの下にウレタンの定規を置いてもう一枚パチリ。

そのあと、また90度起こして台から降りる。

(ちょっとわかりにくい説明だけど、井上雄彦の漫画リアルで、下半身不随になった男の子がリハビリに使う機械みたいな動き。漫画の中でその男の子は失神していた。)

その検査が終わった後、もう一度先生の話を聞く。

要約すると、骨盤は胎児の頭よりも広いので普通分娩で大丈夫そう。だけど、来週の水曜までに陣痛が来なかったら入院して陣痛促進剤を使ってお産に持ち込む。同意書にサインしてください。というお話。

もちろんサインしたけど、どきどきした。まさかそういうことになるなんて。思わず聞いた。

「これはよくあることなんでしょうか。私に何か問題があるのでは?」

すると、「四分の一くらいはこうなりますよ。」といってくれたので少し安心した。

その後、母と待ち合わせをして買い物をした。妊娠線ができてしまったので少し上質なボディクリームを買ったり、母はマニキュアを買ったり。

うちの母は、お尻歩きだけでワンサイズサイズダウンしたので、とても素敵なワンピースを買っていた。

はらぼての私には羨ましい限り。

今の私には試着すらできない。

このおなかの子と離れるのはとてもさびしい気がするけど、早く産んでシェイプアップして、洋服を買いたい!と強く感じた。

今日は相当歩いたせいか、ちょっと足腰がだるい。

このまま、来週の水曜になる前に陣痛がおこってくれたらいいなあ。

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2006年5月23日 (火)

予定日プラス二日

今日も何事もなく一日が過ぎました。

おなかはどんどん膨れて一週間前よりもずっと前にせりだしています。

今日は、父がマックフライポテトを買ってきてくれた。うちの事務員さんからのアドバイスでクーポンを使ったようで、Mサイズのポテトを3個も買ったのに360円だったと大喜びで帰ってきた。

なのでお昼は野菜ジュースと牛乳とポテト。実家にいるのに、なんだか大学生みたいな昼食。

それから銀行に行ってお金を下ろし、コンビニでちょっと立ち読み。

もうこのおなかの子はふたご座と決まったので「ふたご座の彼」の欄を読む。

「今月の彼は注目を浴びそう。」

なるほど。たぶん人生でまず最初に注目されそうな時期よね。次は披露宴とかさ。

帰ってきて、今日は雨が降っているのでなんとなく関節が痛いのでいつ何が起きてもいいように体力を温存すべく昼寝。

仲のよい友人が二人出てきた。夢の中の私もおなかがとっても大きかった。

あまりにリアルだったせいか、おきたら汗びっしょり。

起きたらほどよくおなかも減っていたのでレーズンパンを食べ、母が蟹おじやを作ってくれた。

日ハム戦をみながらおじやとサラダ。

今日の試合はとてもよかったけど、江川はどうして巨人目線で解説するんだろう。

リーとかめちゃくちゃな言われようだった。

さて、明日は健診。まさか明日の健診を受けるとは思っていなかったけど、おなかの赤ちゃんの最後の超音波であると思うので楽しみです。

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2006年5月22日 (月)

予定日プラス一日

今日も何事もなくのんびりすごしました。

やっぱりたまに腰と下っ腹の鈍痛があるけど一時的なもの。

何かおなかにいたい理由があるのでしょう。もうちょっと一心同体で仲良くやろうな。

今日は伯母さんがやってきて、子供用の昼寝布団をくれました。ひょっとしたら初おさがりかも。私側でもかずちん側でも初孫で近しい親戚に子供を産んだ人もここ10年以上いないのでおさがりってなかったんだ。なかなかうれしい。

そんなこんなで最近日課となっていた昼寝をしていないので目がしょぼしょぼします。

あいのり見たら寝ようっと。

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2006年5月21日 (日)

本日予定日

昨日からかずちんが日曜の仕事を他の人に代わってもらって来てくれていたのに私は結局かずちんの滞在中に産気づくことはなく、今に至る。

なにかゆっくりしたい理由があるんだろうな。

予想ではとっくに産んでいると思っていたのに実際は予定日もなにごともなくのんびりとすごしている。

この二週間くらい腰が重苦しく散歩も10分くらいしかできないけど、とても元気だしおなかの子もぐにゅぐにゅと元気いっぱい動いている。

たまにおなかが張ったり腹痛めいたものもあるけど、あっても一時間に一度くらいで継続には至らない。

今日は朝からメールが多く、心配されてうれしい反面、産んでなくてごめんねと思い、なんの兆候もないことに対して気分が滅入ったりかずちんに申し訳なくて涙ぐんだりしたが、お昼に近所のレストランで「大俵ハンバーグ」なるものを食べたらおいしくてとても元気が出た。

食事は大事だねえ。

今はおなかの子は元気いっぱいしゃっくりしたり手を激しく動かしたりしています。

うちの母曰く、動いているうちはまだまだだからのんびり体力温存しなさいとのこと。

そうだね、産んでしまったらこんなにのんびり漫画読んだりテレビ見たりできないのだから今のうちにのんびりしよう。

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2006年5月19日 (金)

あと二日。

予定日まであと二日。

まだ兆候はない。昨日から階段をのぼったりおりたりスクワットしたりしているけど、うちのみーくん(仮名)はさっぱりおりてもこない。おしるしもない。腰痛もない。

なぜ、こんなに私は元気なんだ。

いや、元気なのはいいことなんですけどね。もしもの時に備え、体力が落ちないよう昼ごはんを食べた後3時間ほど昼寝をした。

お母さん教室で出会ったプレママ友達からメールが来ていた。

その人のだんなさんとうちのかずちんは同業者なので話が合う。職場は違うんだけど、たまに顔を合わせるとだんなさん同士で私たちの妊娠について話すこともあるらしくなんだか楽しい。

さて、今日はミュージックステーションに二週連続で嵐が出ていた。

うちの実家はアナログなのになんだか立派なDVDデッキとかがあるので、早速使いこなしてみようと録画を試みる。

しかし、なぜかビデオのチャンネル設定にテレ朝がない。

なので自分でチャンネル設定を試みる。オートチャンネルあわせとかやってみると、なんだなんだ!なんだかぐっちゃぐちゃになってチャンネル番号もあってないし画像もすこぶる悪い。

私がそれであせっていたら母が先に悲鳴をあげた。

「なにそれ!修理の人呼ぶ?」

いや、そこまででも。たぶんこれで直していくんだよ。

と説明しても

「さっきはそんなんじゃなかったのに。」と追い討ち。

やだね~。テレビっ子って。

なんとかやり方がわかってチャンネルもきれいになった。

ところで、最近母とはまっているのがNHK総合でやっている「ゆるなび」という番組。水曜日夜11時からやってる。とても楽しい。のんびりしていて。

しばわんこの和のこころというコーナーが特に好き。

これは金曜の夜9時45分から五分間独立してやってもいる。

しばわんこのように奥ゆかしくやさしい人になりたいものだ。

いやはや、珍しく二日連続で更新しても書くことがないもんだ。まあ、予定日二日前というのは私の人生でとにかく今日しかないので記録ってことで。

のんびり楽しい一日でした。

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あと三日。

先月の12日に実家に里帰りしてきてあっという間に一ヶ月以上経ちました。

どうも実家のパソコンの前に座る気持ちになれず、一ヶ月以上このブログも放置してしまっていた。

主婦が、丸二ヶ月以上家を空けるというのは実際はとてもたいへんなことで、かずちんのために食料を買いだめ足り、実家に帰る何週間も前からさまざまな準備を必要とする。ごみの日をわかりやすく貼ったり、なるべく家をきれいにできるように、ものを探さないですむように、とにかく様々な事態を想定してかずちんが少しでもすごしやすいような環境を作ってから実家に帰りたいと思った。最近のかずちんはとても仕事をがんばっていて、家で余計なことをさせたくなかったし。かずちんは一人暮らしも長かったし、比較的家事も手伝ってくれる人ではあるので取り越し苦労かもしれないけど、とにかくもう二度と帰れないかもしれないという勢いで私は家事をしていた。

しかし、やはり当時妊娠九ヶ月。なんだか疲れやすかったし、床のワックスがけをしたあとから足腰がとてもいたくなり、ちょっと万全ではない体調で実家に帰った。JRで二時間半。その足で産む産婦人科を受診すると、私はむくみや貧血、とにかくその日行われた検査すべてで指導を受ける羽目になってしまった。

足なんて今までみたことないくらいパンパンにはれあがり、貧血の影響なのか、後づわりなのかすぐに吐き気がおそってくる。

体重はたいしてふえてなかったものの、とにかく今までにされたことのない指導が目白押しで私はすっかりへこんでしまった。

しかし、それから一ヶ月。「あんまり気にしないようにしよう。」という気持ちになってからのんびり実家で過ごし友人らに会っているうちに私はまた健康体になっていた。

こちらに来たころは毎日一時間ウォーキングをしたりしていたけれど、今はそれはさすがに無理になってきた。

本に書いてあるとおり足の付け根が痛い。おなかが張る。やっぱり臨月なんだなあ。

GW明けから、いつ生まれてもいいように心の準備も荷物の準備もしてある。GWぎりぎりに遊びに誘ってくれた子にも「当日キャンセルなるかも」とか言ってたほど慎重に生活してきた。

予定日まであと三日。

なのにまだまだ大丈夫そう。

お母さん教室で出会った子も、友達も、みんな予定日前に生んでるのに。予定日越える子のほうが少数派なので、私も勝手に予定日前に生んでいるものと思っていた。

意外と臨月でも外で遊ぶ誘いが多いものでそのたびに「もう37週超えたらいつ陣痛来てもおかしくないから遠慮しとくね」なんて断っていたら今はその断った子たちからの「まだ?」「もう生まれた?」メールがやってくるので身からでた錆ということわざをかみ締めている。

いや、たぶん「具合どう?」的な言葉があればそんなに気にならないのだ。

メールに一言。

「もう生まれた?」

以上。

「まだ」

だけではすまないから一生懸命説明するんだけど、いやあ、けっこうあせるね。

まだ生まれてないことが罪のような気がしてくる。

だけど、とにかく後三日。

この楽しく動くおなかがぺたんこになり、私と赤ちゃんが一心同体じゃなくなると思うと、なんだかとてもさびしくなる。赤ちゃんがいる生活が想像できないので、とにかくこのおなかがなくなるのが不安でしょうがない。陣痛の痛さよりも不安よりもとにかくこの動きがなくなることが不安。

さて、こんな感じの一ヶ月です。

なるべくまめに更新しないと何を書いていいかわからなくなって文章がおかしくて嫌だなあ。

少しまめに書きます。

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2006年3月20日 (月)

母親学級へ行ってきた。その4

最後の母親学級です。どのようなおかあさんになりたいかを一人ずつ発表し、前回の母親学級に参加してみて、ご主人がどのように変わったかなどを話した。

そのあと、今現在分泌されているホルモンと母乳についての講義。いったい一回にどのくらいの母乳がでるのか、母乳でのメリットなどの説明を受けた。

今私は風呂上りにかるくマッサージをしたりすると母乳が少し分泌されている。あと寝返りがうまくうてないので同じ方向を向いて長く寝たりすると下になっている胸から母乳が出て朝になるとパジャマが胸に張り付いていたりする。

それの兆候で母乳がたっぷりでると決まったわけではないけれど、なるべく母乳がたくさんでるといいなと思いながら話を聞いた。

その後、修了証書と記念写真を貰い、あとの時間は他のおかあさんたちとの情報交換。

全然関係ない話もたくさんして楽しかった。ほとんど全員と電話番号が交換できて楽しかった。仕事とかでかかわらない、純粋な友達を作るのは大学の入学式以来の出来事だったので最初はほんと人見知り全開だったけど仲良くなれたよ。

しかしそうやって久々に友達を作ってびっくりしたのが、私のことを「のんびりやさん」と言ってくれる人がとても多いということ。実際、マイペースなところもあるけど、声も大きいし、早く仲良くなりたいあまりにウケを狙ったりしてしまう性格上、今までそんな評価は受けたことがない。かずちんにはたまに言われるけど。けっこう自然な自分を出せていたのかも。ちょっと人見知りを克服できたような気がして嬉しかった。

今携帯はauが主流なんだねえ。私はvodafoneだけど、かずちんと遠距離恋愛だったときは最初使っていたdocomoにくらべてずっと通話料金が安く済んだし、便利に使っていた。だけど今はかずちんと一緒に住んでいるわけだし、家族割ったってねえ。そんな毎日顔あわせるひとと長電話する機会がない。今長電話の相手はもっぱらdocomoユーザーの母なわけで、今回母親学級で仲良くなった人たちがほとんどauユーザーなのを見ると、ちょっとどうなのよ、変えたほうがいいのかしらと思ってしまった。まあ、結局変えないとは思うんだけどね。

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2006年3月19日 (日)

母親学級へ行ってきた。その3

第三回の母親学級は、お父さんもくるというもの。うちはかずちんがあいにくとても大事な仕事があって一緒に行くことはできなかった。同じようにご主人が仕事でこれない子がいるとわかっていたので一緒に作業しようと思い、かずちん抜きで参加。驚いたことに、一回目・二回目に来ていない人がご主人と二人でたくさん参加していた。冬場だしご主人が一緒じゃないと車でこれないとかいろいろあるんだろうな。

前にかずちんと参加した両親学級の時も思ったけど、奥さん同士だけだとものすごく話が弾むのに、そこにご主人が加わるだけで、なんとなく他人行儀な感じになって面白い。前の両親学級と同様、疑似妊婦体験と、沐浴指導があった。疑似妊婦体験は、こないだのよりも工夫がなされており、洗濯物を干したり、布団に寝たり、掃除機をかけたり、階段を上ったり色々な体験ができるようになっていた。

旦那さんが参加できなかった人たちは、しばし他の人の旦那さんが疑似妊婦体験をしているのを見学。階段くらいはひょいひょいのぼっていた男の人たちも、洗濯物を干したり、布団に寝て寝返りをうったりするときは本当に重そうで、神妙な面持ちだった。奥さんの大変さを知ったような感じでほほえましかった。

途中まで見学していたら先に沐浴指導をさせてくれるというので移動。

前の時はほとんどかずちんにやらせたので、今回は私がお勉強。赤ん坊のお人形は3キロくらいあってしばらくすると腕が痛くなってきたけど、私はけっこう両腕共に筋肉がついているので特に苦にならなかった。他のお母さんは細腕で「おもたーい」と言ってやっていた。背中を流すときが特に難関らしく保健婦さんも目を光らせていた。時々ベビーバスにお人形の頭をぶつけそうになったけどなんとかできた。

他にも絵本の読み聞かせなど、面白い企画がたくさんあった。

もうお腹の赤ちゃんは聴覚が発達しており、生まれる前に読んでいた絵本を生まれたあとも気に入ったりするという統計もでているようだ。

そして、ビデオを見せられたんだけど、生まれる前からお父さんがお腹に話しかけたりすると、声を覚えていたりするみたい。そして、生まれてからもお父さんの声を覚えていて、お腹の中にいたときと同じように手足を動かして反応する。役割分担もわかっており、お母さんには安らぎや世話を求めるのに対しお父さんには遊んで欲しがったりかまってほしがったりするとのこと。なるほど。夜泣きで「お父さんじゃないと寝ないのよ~」とかいうのは、多分ミルクが欲しいとか、おしめが濡れているよ意外の理由で夜泣きをしているのだ。

そのビデオはとても興味深かったのでかずちんに見せるのに借りてきた。

さっそく見せたらとても興味深げにみており、そのビデオと同様、鐘をチリンチリンと鳴らしたあとに「おとうさんですよ」とかいいながら腹にはなしかけていた。

その結果、かずちんの声にも慣れてきたのか以前ならかずちんが話しかけると胎動はなくなり静まり返っていたのに、今はかずちんがお腹に触れるとかなり激しく動くようになった。かずちんのお父さんにも「胎動は感動的なので、ぜひ、かずちんにもさわらせてやってください」と言われていたので一安心。このままかずちんにだけ反応しない子供になったらどうしようと思った。

最近、かずちんが競馬をみていると胎動が激しい。競馬がすきなの?きらいなの?きらいだといいな。今日だって私がWBCを見ているのに、かずちんは競馬にチャンネルを変えてしまった。とても感動的な野球の試合が尻つぼみだよ。

今日の野球は、確かに福留も頑張ったし、松中の2ベースから流れも変わったけど、道産子の私としては小笠原のデッドボールを高く評価したい。あれで、あの7回表の流れがつづいていったもんね。素晴らしい試合だった。4回の立て続けのファインプレーもよかったし。雨で中断されなかったらかずちんに邪魔されずに最後まで見れたのに残念です。

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2006年3月18日 (土)

母親学級へ行ってきた。その2

ああ。さっぱり更新できなかった。専業主婦になってから、毎日のように予定が入るというのがあまりなかったので別に忙しいわけでもないのに忙しく感じてしまって。

さて、二回目の母親学級は調理実習でした。

簡単なものを作ってみんなで食べるだけという私の予想とは裏腹に、意外と本格的に調理した。汁物がないだけで、普通に晩御飯にできるような豪勢なメニュー。デザート付。

けっこう人数がいるので二班に分かれて、それぞれの班で同じものを作ったんだけど、個性がでるねえ。

私が所属した班は、おそらくみんなそういう性質なのか、特に役割分担は決めずにみんなで「これ私やるね」とかいいながら作っていくタイプの班。

対して、もう一つの班は洗い物をする人とか、このメニューは誰々が作るとか、そういう分担を最初に決めててきぱきすすめていくタイプの班。

最初に分担を決めた班もうちの班もだいたい同じくらいの早さで出来上がったんだけど、やはり、分担を決めている班の方が盛り方が美しかった。器とかも品物に合わせて決めて、こちらの班では想像もつかないような素敵な器によそっていた。

というと、うちの班の人全てが器に凝らないように聞こえるけど、器を用意したのがほとんど私だったから私のせいね・・・。

昔私は高校時代に家庭科部に属していた。月に一度、部員から500円徴収して、それで豪勢な昼ごはんを土曜日の放課後に食べるという部活。

そのときもそうだったんだけど、今回も私はほとんど包丁は握らなかった。水もほとんど触らなかった。ただ一度触ったのが、ピーマンの種を取るときだけ。

別に狙ってそうしているとかじゃないんだ。包丁とまな板の数に限りがあるし、埋まってしまっていたので、調味料の調合だとか、器の用意だとかヨーグルトゼリーを冷蔵庫にしまうとか、そういう作業をしているうちにいつのまにか料理はほとんど出来上がっているんだ。

言い訳のようだけど、ほんと。

かずちんの実家でも、いつも「てーらー、ホタテむける?」とかかずちんのお母さんから仕事を貰うんだけど、やったことないことをできるともいえないし、素直に「できません。教えてくだされば、頑張ってやります。」と言って、6枚中1枚剥かせてもらって作業終了みたいな感じ。カツのたまごとじを作るのでたまねぎを切れといわれれば、オニオンスライスをたくさん作ってびっくりされたり。鍋をやるから白菜を切れといわれれば、ラーメンに入れるみたいに一センチ程度の大きさに切ってぎょっとされたり。

・・・うーん、嫁としてどうなのさ?

やる気がないわけじゃないんです。私は頑張る気持ちはあるんだよ。なのに、いつもこんな感じでちっとも役に立っていない・・・。反省しなければ。

だけど、イカを剥くのは完璧だよ。かずちんのお父さんに教えてもらったから。今もなるべく忘れないようにゴミの日の前日に買ってきてはさばいてその晩に刺身を食べ、残りは冷凍している。冷凍した分はイカ焼きそばにするとうまい。

調理実習に話はもどるけれど、とても美味しいごはんが食べられた。

みんなとの会話も弾んで少しずつ仲良くなって行ってる感じでとても楽しかった。

母親教室はすでにすべての課程が終わってしまっているけどこれから少しずつ書いていこうと思う。

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2006年3月 5日 (日)

両親学級に行ってきた。

母親学級がとても楽しいものだったので、両親学級はどうかしらと、締め切りギリギリに申し込んで昨日の晩かずちんとともに行ってきた。

申し込みの電話の際、「動きやすい格好できてください」と言われた。

かずちんは仕事から帰ってきてからシャワーを浴びてジーンズをはこうとしたので、「動きやすい格好って言ったらジャージに決まってるじゃん。」といってジャージを着せようとした。するとかずちんは

か「今日び動きやすい格好イコールジャージじゃないって。」とか言う。

私「でも動きやすい格好してきてくださいっていわれたよ。何か運動をするのかもしれないからみんなジャージだって。」

か「かけてもいい。ジャージの人なんていないよ。」

私「じゃあ、もしかずちんの言うとおりだったらプレミアムモルツ買ってあげる。」

そんな会話を交わし、かずちんは上下ジャージ、私はTシャツの上にジップアップを着て、下はスエットを履いて言った。

かずちんは前日から気合が入っていて、いつもより念入りにヒゲを抜いていた。(かずちんは、青々とするのがいやなので、毎日ヒゲを抜いて、朝髭剃りをして出勤する。)なのにジャージというのがプライドが許さないようだった。

そして、両親学級が行われる施設へ行った所、むむむ・・・男の人でジャージを着ている人なんて本当に居なかった。みんなジーンズとかだった。

なんだか一気に年を感じてしまった。自分のことだけ考えると、両家共にこの子が初孫だし、出産なんて初めてだから29歳という年齢なんて感じなかったけど、こないだの母親学級でも割りと私は年齢的に上のほうだった。しかし、まさか「動きやすい格好=ジャージ」ではない世代がここまで多いとは!

まあ、うちのかずちんは仕事柄もあって普通にジャージ持ってるし、私も結婚前にしていたバイトやジムに通っていたこともあって、動きやすい格好のものをたくさん持っているんだけど、そりゃあ、普通ジャージを上下持ってることってないのかもしれないね。

両親学級ではかずちんが偶然にも先週職場で講演をお願いした助産師さんもいて、べったりと個人指導のように沐浴指導を受けてくれた。また、疑似妊婦体験もスムーズにさせてもらった。疑似妊婦体験とは、10キロくらいのおっぱいとお腹におもりが入ったベストをきて、動いたりして妊婦の不便さを学ぶもの。助産師さんが、「奥さんはこんなに重たい体で家事をこなしているんですよ。」とかずちんに言っていたので調子に乗った私は

「そうなんですよね~、特にお風呂掃除が大変で、床を洗うのが苦痛です。」と言った。

助産師さん「あら~、奥さんにそんな大変な思いさせちゃいけませんよ~、たまには旦那さんもやってあげないと・・・・」とまるで二人がチームのようになってかずちんを追い詰めた。

疑似妊婦体験にはさほど乗り気じゃなかったかずちんも、知り合いの助産師さんだったことと、意外とわきあいあいとした雰囲気で乗ってきたのかなんと床に寝そべってみたり寝返りをうってみたり、色々な動きをしていて面白かった。

主に講義が中心だったけど、自分の腹で子供が育っていくわけじゃないかずちんもなんだか妊娠と出産についてたくさん考えさせられたのか、最後のアンケートの「出産後あなたがしてあげられること」というところの選択肢ほとんどに丸をつけていたのをみて私は内心「しめしめ」と思った。

こないだの母親学級に来ていた子達も何人か来てて、「来週またよろしくね」と声をかけあった。

なんだかとても実りの多い週末になった。

来週の母親学級も楽しみ。次は調理実習があるそうです。エプロン持参です。

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2006年3月 4日 (土)

母親学級へ行ってきた。

運転免許証の適正試験では「お調子者で人を乗せるとハメを外す可能性があるので車は基本的にひとりで運転したほうがよい」と教官にアドバイスされた私だけど、実際は相当な人見知りで馴染むのに時間がかかるほうだ。既に友達になっている人にもとても意外がられるし、治したいのに治らない欠点の一つだと思う。

それゆえ、今回母親学級のお知らせのハガキが届いてからというもの、そのことを考えると心臓バクバク、足ガタガタで本当に行くか行かないか迷った。

しかし、いつだってそういう気持ちを乗り越えて頑張っていくといつだっていい結果が待っていた気がするので(初出勤とか、転職にまつわる面接など)今回もえい!と勇気を振り絞って行ってみた。

たたみに座布団がしかれていたその会場へ足を踏み入れ、勇気をだして「ここいいですか」とガラガラなのに敢えて既に来ている人の隣に座ってみる。

「今日暑いね~、厚着しすぎちゃった」なんてたわいない会話をしてお互いが今何ヶ月かなぞ聞いてみる。すごい好感触!第一印象が大事だと思い、好感を持ってもらえそうな化粧を施していった甲斐があった。

その後、オリエンテーションみたいなことがあったり、予定日別に分けられたグループ学習みたいなものを経てビデオを鑑賞。

いやあ、楽しかった!いろんな人と話ができた。

年齢も出身地もバランバランで、共通点は「妊娠していて春から夏にかけて出産する」それだけなのになぜこうも話が弾むんだってくらい、みんな話も弾んで楽しく参加していた。

参加してよかった!

明日はかずちんとともに今日のとは別の所主催の両親学級へ行く予定。よかった。かずちんの仕事はなんとか両親学級までには終わりそうらしい。

明日も今日のに参加した人がいっぱい来てたら楽しいな。

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2006年2月11日 (土)

名づけのこと

おなかの子が男の子とわかったことにより、以前買った「世界にはばたく赤ちゃんの名前」という本が大活躍中。夫婦そろって暇さえあればパラパラ眺めてる感じ。

名前をつけるにあたって、夫婦のセンスが似ていないとすんなり決まらないということがこのたびよくわかりました。

私は姉と弟と私の三人姉弟で、私たちの名前はどれもものすごく画数がいい。そのおかげもあってか、三人ともとても元気に楽しく暮らしている。なので、自分の子供もどうせならいい画数でつけてやりたいと思う。それにはかずちんも同意している。

問題はミーハー具合だと思う。かずちんは、たとえば、人気の名前からつけたいタイプなのだ。今風なやつ。私はそんなのは同じクラスで同じ名前がいそうで、なんとなく抵抗がある。そして、男の子なので、できれば強そうで、日本の古きよき時代っぽい名前に憧れがある。

そして一日がかりで画数を計算して私がつけたいと思った名前。それは

隆之介。

かずちんが帰ってきて提案したら即却下。

なんでよ。よく私の話を聞いてよ。

私「だって、この名前だったら、不変性もあると思うし、”りゅうちゃん”とかって呼ばれるの良くない?」

か「だけど、隆ちゃんってよびたいなら隆で良くない?之介の立場がないじゃん。之介の意味がなくなるよ。」

そんなのはどうでもいい。之介の立場なんて気にしたことないよ。

か「どうせなら、名前全体が一つの意味を成す、良い名前をつけてやりたいよ。」

そこで私は疲れていたのかヒートアップした。

私「じゃあ、言わせて貰えば、かずちんって私のこと下の名前でよんだことなくない(旧姓の一部で呼ばれることが多いのだ。)じゃあ、せっかくうちの親のつけてくれた私の画数の素晴らしい下の名前ってなんの意味もないってことじゃん。私はそんな風に思ったことはない。だから他人がどう呼ぼうとその名前はいい名前なんじゃないの?」

か「・・・とにかく、之介とか、なんとか太郎とかはナシ。」

この日の議論は堂々巡りで、ちっとも解決案はでなかった。

私は風呂に入ってふて寝した。

そして翌朝、まだひきずっていた私は

「かずちんがへんてこなこというから、友達全員(私のあだ名はかずちんが呼んでるのと一緒で苗字由来なのだ)私の下の名前知らない夢見たわ。」

と言ってやった。これは、付き合い始めたときにお互いのことを下の名前で呼ぶと決めたきまりを破り続けているかずちんに対しての嫌味だ。私は頑張って治したのに。

そしたら減らず口のかずちんは

「今日はよく昼寝でもしなよ。寝不足のとき、おかしいよ、てーらー。」とか言って出勤した。

前々からそうだけど、口げんかは絶対に勝てない。

なんか書いてるとくだらないなあ。

とにかく、さて、うちの子はなんという名前になるんだろう。

うちの母は昨日いきなり電話をかけてきて、

「お母さんね~、その子のこと、ヒデ君って呼びたいの」

とか言ってきた。正直「はあ??」と思った。しかし私は母似だ。こだわるのは呼び名。少し冷静になれた。

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2006年1月23日 (月)

出産準備その①

昨日かずちんが気まぐれに午後旭川へ行こうと言い出した。天気もいいし、これを逃したら仕事でもう一ヶ月くらいいけないかもしれないというのだ。なのであわてて準備して行って来た。

ベビーカーとチャイルドシートを見ていると、親切な男性店員が寄ってきて色々説明してくれた。いやあ良い人だった。

丁寧に色々説明してくれるんだけど、全然買わせようとしない。出産の時期をいうと、「なら春に来たほうが新製品も出てるだろうし全然間に合いますよ。」と言いながら選ぶコツとか色々教えてくれた。大手二社のカタログもくれた。優しい。

ベビーベッドは来月札幌帰ったときに母と見に行くので、大きいものは来月以降だね。

なのでとりあえず、他に必要なものを買って来た。

20052_004年末からずっと欲しかったザビックス。

私もかずちんも冬太るタイプなのでお互いのダイエットのため。私は減量はしないまでも、あまり太りすぎないために。昨日帰ってきてから張り切って二人で遊んだ。これはマットがついててその上を踏んでステップ数とカロリーが出る仕組み。100キロカロリー消費するのってけっこう大変なのね。飴とかむやみに食べられないよ。これから。

20052_005それと、高校時代の友人が熱く語っていたオムツ用のゴミ箱。これはネットや雑誌などで調べても、私が手に入れることのできる方法の中で一番安く手に入れられるのはイオンで買うことと結論がでて、旭川のイオンで買って来た。メーカー希望小売価格が10000円以上なのに、2980円で手に入った。つめかえ用スペアカセットも819円とお買い得。

これはオムツを密閉するのでにおいももれないし捨てるのが楽そう。

とりあえず、これが私の出産準備の第一歩。(とかいって、先月赤すぐで新生児用の福袋買っちゃったんだけどね。しかも男女両方。50センチとか60センチの服ってびっくりするほど小さい。)

あとは大きくないものだと哺乳瓶関係と布オムツをそろえたいな。お出かけと夜以外は布オムツでやってみたいと前から思っていたから。

家にこういうものが増えてくるととても楽しい。

あと、昨日のかずちんの発言でびっくりしたことは、妊娠中も生理があると思っていたこと。最近私が早く寝てしまうのは生理で眠いんだと思っていたらしい。びっくりした。じゃあ、なぜ、ドラマや実生活で生理がなくて動揺したりすると思っていたんだろう。謎な人だ。

20052_003 この発言で先日私が作ったかずちん雪だるまもずっこけております。

立て直そうとしたけど、もうムリ。このまま凍りついてしまいました。

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2006年1月20日 (金)

胎動

私は昔からラーメンがすすれなくて、空気をたくさん吸い込んでしまう。猫舌というわけではない。舌やけど上等。熱いものは熱いうちに食べるのが一番うまい。ただ私は唇に熱いものが触れるのがイヤなのだ。前に女芸能人が、「ラーメンすすれない女の人はブリッコ」とか言っていたけど、決してブリッコではないと思う。(しかし、他の女芸能人が、アイス選ぶときにイチゴとか選ぶ人はブリッコとも言っていた。これも当てはまる。イチゴ味が一番好きなだけだけど、そういう統計で言えばブリッコなのかもしれない。)

で、ラーメンをうまくすすらないと、腹に空気がたまって、よくそれが腸の中で動いているのを感じる。汚い話だけど、オナラも多くなる。

最初は、そんな空気が腸で動く感じと似ていてあまりよくわからなかった胎動だけど、22週と5日の私のおなかの赤ちゃんの動きは、私に妊娠を実感させるのに充分なものとなった。

つわりもなく、かずちんの理解もあり、疲れたらすぐ寝そべるような生活を結婚してからずっとしているので私は本当に妊娠の実感というものが一切なかった。腹がどんどん出てくるくらいで。

だけど、最近、「たまひよ」に書いてあったキックゲームをするようになってから、「ああ、このおなかには他の命が宿っているんだなあ」と思うようになれた。

キックゲームは、赤ちゃんが蹴ったところを「キック」といいながら一回ポンとたたいてやると、同じところを蹴ってくるのを楽しむような感じのゲーム。上手にやると、他の場所をこちらが指定してそこを蹴ってくるようになるらしい。

まだまだこちらの思い通りの場所を蹴ってくることはないけど、動いたらその場所を軽く叩くとまた蹴り返してくれるのでなんだか言葉はないけど交流しているような気持ちになる。

最近はただポコポコ蹴るのではなくてグニューと動きながら蹴っているような動きも感じられる。楽しい。

この調子で元気に育て。わが子よ。

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2006年1月19日 (木)

パン禁止麺禁止スナック禁止

発端は先週の検診のできごと。

妊娠前よりトータルで4キロ増えてる私。つわりがあまりなかったし、むしろ食べづわりっぽかったのでしょうがないかなと思ったけど、診察前のカウンセリングで「何か気になることはありますか」と聞かれた。それで、「このまま体重って増え続けても大丈夫なんでしょうか。」と聞いてみた。

すると、

「とりあえず、パン類と麺類、禁止してみましょう。一ヶ月。あと、スナック常駐してないですか?それも食べないようにしてください。」とのこと。

4キロくらい大丈夫かななんて思っていたけど現実は厳しい。

なので、買い置きのパン・麺はかずちん専用にし、ほぼ夫婦別メニューで私はほぼ毎食もやしのサラダを食べるようにしようと決めた。

それで、もやしのサラダを食べてたわけだけど、かずちんが妙にもやしに興味を持って私以上に食べる。「しょうが足すともっとうまいよ」なんていいながらガンガン食べる。

かずちんには小ラーメンがあるでしょう。私にたくさんサラダを食べさせてよ。

しまいには「もやし飽きた。」

あー、そうですか。

それで昨日はもやしは出さずに白菜とツナのおかずをその代わりに出してみた。

これも食う、食う。「ムリしなくていいよ。俺が食うから。」

・・・ムリしてないっつうの。

私の食事をみながら「精進料理みたいでかわいそうだね」といいながら、一番その精進料理をむしゃむしゃ食べているのはかずちんだ。私が量を食べ過ぎなくて助かるけど。

友人の家はご主人が昼外食なので、夜麺類出してはだめと決まっていると聞き、不便そうだなと思っていた。実際やってみるとほんと、不便。うちって麺に頼っていたんだなと思い知らされる。だってパスタもラーメンもウドンもダメなんだよ。そうなると突然食べたくなるのが不思議。

しかし、人生で食事で体重を制限するのは初めて。

一ヵ月後が楽しみ。増えてないといいけど。

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2005年12月21日 (水)

これは良い!

先日、戌の日を迎え、両親が安産祈願に地元の神社に行ってくれた。偶然にもその神社の宮司さんの奥さんが私の高校の同級生で、先日出産したということも発覚し、うちの両親の気持ちは相当盛り上がったようだ。

で、その時に買ったお守りなどを送ってくれたので、さっそくその日から腹帯をつけるようになった。

ちょっとネットで検索してみると、「腹帯神話」とか、「あんなものつけない!」とか「どうして着けてないとやいのやいの言われるの?」と、どちらかといえばネガティブな話が多くて必要ないのだろうか、どうしようかなと思ったけど実際買って着けてみると、心地よい!!

もともと腹巻つけるほうでもないんだけど、徐々に腹が出てきてその腹を脂肪が覆っているせいか、最近お腹に触るとひんやりしているなとは思っていたんだ。

腹帯の効能とかはさっぱりわかんないけど、着けるとなんだか安心する。自然とお腹に負担をかける姿勢もとらない感じ。

「着けたくない!」と言う人にムリに勧める気もないけど、私はそうとう気に入った。なんだか妊娠しているという気分もでる。私はつわりも少なかったのでさっぱり実感がわかなかったけど、お腹が出てきてこういうの巻いてるのって楽しい。そんなに体重は変わってないのに体つきが変わってきて今まで着てたスカート・パンツはほとんどアウト。ローライズのものだけがどうにか穿ける感じ。自分の体じゃないみたいで愉快。

ちなみに私がつけているのは本当に腹巻みたいな輪になってるタイプで、サラシタイプではないから余計に着けやすいのかな。あと、ベルトのようになっててマジックテープで調整できるタイプも買った。某通販で買ったんだけど、こないだ赤ちゃん本舗行く機会があって覗いてみたら赤ちゃん本舗の方がずっと安くてがっかりした。だけど今住んでるところには赤ちゃん本舗ないし、他にマタニティグッズ売ってるようなとこもないからしょうがないね。

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2005年11月 5日 (土)

嬉しかったこと。

最近情緒不安定です。

産婦人科に行っても、子供のいる友人の様子を見ていても、自分以外の人全てがなんだか魅力的に見える。まぶしく感じる。誇りを持っているように見える。そんな風に思っている自分がなんだか場違いに感じたり、焦りを感じるようになっていた。

つわりは結局眠気と偏食だけで、モリモリ食べているんだけど、そこで気になるのは塩分の過剰摂取と体重の増加。本とか読んでもなんだか大変そうに書いてある。気をつけないと。とカロリー計算を始めた矢先の感情の変化。

ただでさえ、まだ11週なので繋留流産の可能性もなくなったわけではないのに、もう三ヶ月に入ってしまったから、二週に一度の検診から三週に一度になり、今が三週目ということで赤ちゃんの姿をしばらく見ていないような気がして不安でたまらなくなる。

私は特に眠気がひどい。「あー、ポカポカして眠くなっちゃう」というレベルではなく「寝ないと動けない」レベルなのだ。生理痛のひどい時みたいな。朝起きて、掃除・洗濯を済ませ、だいたい10時。それから二時間ほど昼寝をしないと持たない。多分気晴らしの時間が減って行ったんだと思う。

そんな生活をしているうちに、妊娠について考えると将来的な不安や肉体的な不安。いろいろな不安が噴出してしまって、涙が出てくるようになった。

私がこんな状態で赤ちゃんを育てていくことができるんだろうか・・・。

もともと悲観的なほうなんだけどね。

赤ちゃんができた!生まれた!とにかく手のかかる可愛い子!今比べると産む前とだいぶ生活が違ってるなぁ!

と、自然にそうなって行くならいいんだ。今から出産後の生活に押しつぶされそうになる。

本とか読んで大変そうなことがたくさん書いてあると、二週間前の自分なら「ふむふむ」と読んでられたんだけど、がんじがらめになって制約がたくさんあるように感じて放り出したくなったりしてしまう。そのことに自己嫌悪。

かずちんと楽しく久々の外食だ!と化粧をしていても、唐突に「育児全部自分の手でできるはずがない」と思って泣き出してかずちんをオロオロさせる始末。

というのも、私はもちろん里帰りはするけれど、その後のこの田舎での生活が不安でしょうがないの。ちょっとした食材を買いに行くのも全部車がないといけない田舎。かずちんは毎日夜9時10時にならないと帰宅しない。それはそれで私たちのために頑張ってくれてるのに不安。土日だってほとんど仕事で、休みももう一ヶ月以上ない。そんな状態で果たして私は頑張れるの?この子は楽しいの?

一度やってみたら多分たいしたことないのかもしれないし、この地で子育て頑張っている人がいるのもわかってるのに、どうしても涙が止まらない。ダメだなあ。

そこで、友達の携帯に「もうダメ。私、ダメ人間だよ。」とメールをした。

すると、「てーらーはダメ人間じゃないよ!」と返事が来た。それだけで嬉しくて号泣。

さらにパソコンの方のアドレスにまで長い励ましのメールをくれた。

「私はこうこうこういうことで不安だったよ。きっと、これを乗り越えたらまたお母さんに一歩近づけるんだよ。みんなが通る試練なんだ。だから頑張って乗り越えて。不安じゃない人なんて誰もいないんだよ。」と。

私は上に挙げたとおりの短いメールしか送らなかったのに私の全てを解ってくれてるような返信がものすごく嬉しかった。

心がすぅーっと穏やかになっていく感じがした。

この友人は前に仕事で煮詰まって大変だ大変だとそればかり言っていたときも「てーらーらしくないよ」と戒めてくれた。それから私の仕事の愚痴は格段に減ったと思う。言って貰わなきゃわからなかったと思う。

私の大好きなDef Techの詩に

「自分の痛み悲しみとは誰にもわからないもの

その苦しみはどんな人にでも同じようにあること

だから人は傷つくことでちゃんと磨かれていくの

そして人の苦労や寂しさをわかってあげれる人になるの」

という一節がある。

多分私のその友達はこういうことがわかってる人なんだ。そういうひとに私もなりたい。

そういうお母さんになりたい。そう思った。

明日からはまた元気に頑張ろうと思う。

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2005年10月20日 (木)

検診

実は妊娠しております。

今日は三回目の検診の日。

私の通っている病院は産科と婦人科に別れており、最初は婦人科に通い、三ヶ月になってからの検診で大丈夫だったら母子手帳を貰い、そして次からは産科で見てもらうことになるシステム。

今日はそれで初めて「母子手帳を貰ってきてください」という指示と、「おめでとうございます」という言葉をかけてもらえた記念すべき日になった。

今9週目。

これからどんな風な生活になるんだろう。

今のところ、一番今までと違ってること、それは・・・

すっごい食費がかかる!!(=Д=;)

実は、食費がかからないことが正直自慢でした・・・

手抜きをしないでおいしいものを毎晩食べて夫婦二人で12000円。もちろん、これはかずちんの両親から野菜がたまに送られてきたりお米貰ってできてるわけだけど、それでも家計簿をつけて節約して頑張っていたと思う。(外食は別。外食と合わせて20000円以内になるように心がけている。)

しかし、妊娠してから吐き気や気持ち悪さはないものの、とにかく私が偏食になってしまったのだ。それも毎日の偏食。ある日ヨーグルトドリンクがとてつもなく美味しく感じて、ぐいぐい飲んで、たくさん買い込んだら、次の日にはもう飲みたくない。ある晩ひじき納豆がとても美味しく感じ、翌朝三個パックを二個買ったら、昼にはもう嫌い。

そんなこんなでとにかくスーパーに行くと、毎日違うものを買う。グレープフルーツを昨日食べておいしかったから今日も買って見たらもう食べたくない。焼きソバをお昼に一人分作って、残りを今度かずちんのご飯に・・・と思っても、もう作りたくもない。味見もしたくない。

そんなこんなで冷蔵庫の食材は増えていくばかり。

洋ナシも四個パックを買ったらひとつ食べてもう食べたくなく、野菜室には三つの洋ナシが・・・( ̄▽ ̄;)見て見ぬフリ。

それゆえ、妊娠発覚後今までの一ヶ月で、食費は余裕で10000円アップ。

困ったね~。どうにかしないと。せめてサイクルがあればいいのに。昨日美味しかったものが五日後また美味しいとか。

ヨーグルトドリンク、かずちんが気を利かせて仕事帰りに買ってきてくれるんだけど・・・

もう飲みたくないんです!(ノ_-。)ゴメン

これもつわりの一種なんだろうな~。早く終わるといいけど。新車買って諸経費かかるのに更に食費までアップなんて・・・

しかし間食がとても少なくなったので体重は落ち気味。良い感じだ。

だって、私、絶対産むまでにものすごく太るもん!

12週までに少し減らしてスタートしたほうが安心する気がする。なんせ夏に激太りしてるからね。私。暑いから毎日ビール→キムチ→ビール→スナックで、500ml缶2缶飲み干してたらすっかり太ってしまった。今までにない重い体重ではじめての妊娠生活をスタートさせてしまった。自己嫌悪。

さてさてこれからどうなることやら。

共に頑張って行こう!赤ちゃんよ!

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